マッド・ガッサー・リターンズ
このマッド・ガッサー事件はアメリカでのそれに比べて、日本ではあまり知られていない。
ゲーム女神転生シリーズに低級悪魔の扱いで登場したおかげで知名度はややあるが、ゲームのオリジナルキャラだと勘違いされているフシがある。
しかし、アメリカではかなり(一部のコアな諸兄に)人気のある怪人であり、その正体を巡って当時から様々な説が提唱されている。
二次大戦中であった当時の世相を反映して『ナチスドイツの工作員説』や『UFOでやってきた異星人説』、そして『FBIのクレイジー捜査官説』に『本物の狂人説』『軍による人体実験説』
特種なところでは『まぼろしの銃を持った猿人説』もある。
まぼろしの銃というのが良くわからないが、聞けばビッグフット的な生き物が異次元からやって来たに違いないのだから察しろ、という。ますます良くわからない。
個人的にはマッド・ガッサーは『孤高のテロリスト』であるのだが、アメリカの書籍では『犯罪者』としての区分でなく、『未確認生物』という枠組みに入れられがちなのが何だかせつない。『青ゲットの男=妖怪』みたいな扱いなのだろうか。
扱いはともかく、事件はあった。被害もあった。これは客観的事実である。
このような無差別に思える事件が起こったときは、地理的プロファイリングにヒントが現れる――とクリミナル・マインドで見たので、資料から割り出せた範囲でマトゥーンでの被害状況マップを作成した。
画面中央より、少し上部にある区画を見て欲しい。
9月6日 9月7日 9月10日 の矢印が一点に集中している場所がある。
指し示される被害者は3日ともフランシス・スミス婦人と、マキシン・スミス婦人。
そう、このご婦人オフタ方は、3回も襲われているのである。2夜連続で襲われ、二晩おいてまた襲われるという、意表を突いた襲われ方をしている。
なにかマッドガッサーに恨みでも買ったのか――と勘ぐってしまうが、あながち間違いでもない。これに関しては後述する。
被害は地図上部、つまり市街地中央から北に集中しており、ここからも情報を読み取れそうだ。
では、これらを踏まえて現在有力視されている説を見てみよう。
それは調べるまでもなく、wikipediaに書いてある。wikipediaにも書いてあるし、他の資料にも書いてある。これは『見事なまでの集団ヒステリーの例』であると。
とはいえ、火のないところに煙が立ったワケではなく、この事件は3つの要素が絡み合った結果生まれたモノであると。
ひとつ、集団ヒステリー。
ふたつ、工場から発生する有害物質によるもの。
みっつ、マッド・ガッサーとまではいかなくても、実際に変なヤツはいた。模倣犯も。
と言うことになっている。
この3つが重なり、マッド・ガッサーの伝説が生まれたのだ、と。
マッドガッサーなんて、いなかったのだよ、と。
ゆえにこの事件をして『未解決事件』とするのは単に勉強不足なだけである、と。
だが、本当だろうか?
捨て猫のように警戒心が強くなったオカクロとしては、懐疑論にも噛みついてゆきたい。
だいたいね、おかしな出来事が起こるたびに集団ヒステリーで説明が付けられるが、これに簡単に納得してたら、すぐUFOとか霊能力のせいにする界隈と大差ないじゃないか。
諸兄らも、どうか憤って欲しい。
「そうだ、そうだ! 懐疑論者は懐疑される気持ちを考えたことあるのか! だいたい、真の懐疑論者なら、他の懐疑論者の言うことにも懐疑して、懐疑のラビリンスに迷い込むべきだ!」
ちょっと諸兄らは言い過ぎですが、言いたいことはわかります。そうっすよ、もっともです。
ほんとにね、『見事なまでの集団ヒステリーの例』とか、誰だよこんな夢のない事を言った奴は。懐疑してやる!
と、調べたら、マイケル・シャーマーでした。
マイケル・シャーマーといえば指折りの懐疑論者……会員5万人を超えるスケプティック協会の創設者で、雑誌『Skeptic』の編集長……。
懐疑界の超大型巨人……。
ううう。
こりゃあ……まいったね。いやー諸兄らはそうやって憤るけども、やっぱり、集団ヒステリーなんじゃないかなコレ。いやー、相手が悪いすわコレ。
しかし、オカクロにだって懐疑論に懐疑する権利ぐらいはあるので、ここはひとつ超大型巨人に食ってかかりたい。駆逐してやりたいです。
集団ヒステリー
周囲が騒ぎ立てたことにより、ちょっとした影や、ちょっとした臭いにも敏感になり、「襲われた!」と勘違いした者がいた。この被害妄想に陥った者が、これ見よがしに騒ぎ立て、さらなる混乱を招いたとする。これは事実だろう。
だが、『トラップ布』などの様々な物的証拠や証言は『攻撃者』の存在を示唆しているように思われる。すべてをヒステリーのせいにするのも誠実ではない。
工場から発生する有害物質によるもの。
警察が9月12日にこの可能性を指摘し、それを受けたアトラス·インペリアル社が「被害者たちの症状を引き起こさせる成分の化学物質を保有している」と発表している。そのプラントから漏れ出した有害物質が風に乗り、住民たちを襲った可能性は否定できない。神経質になっていた住民たちは、ちょっと異臭がしただけで「襲われた!」と勘違いしたかも知れない。
だが、マッドガッサー騒動が9月初頭からの2週間だけでパタリと収まり、継続的な異臭の報告がなかったことを考えれば、すこし強引すぎる説明である気もする。
騒ぎが起こった当時、アトラス·インペリアル社は国務省によって安全工場であると認定されていた事実も見逃せない。
ここで、先ほどの地図に工場の場所を加えたモノを用意した。
この緑のフレアが異臭だとして、被害状況と照らし合わせてみても何だかしっくりこない。
事件が起こった時期の風向きや操業状況など、不確定要素が多いとしても、工場周辺に集中していないのが疑問だ。
特に騒がれたアトラス·インペリアルの周囲500メートルに被害がないのはどういうことだろう。
周囲500メートルに被害を及ぼさず、1km近く離れた場所に住む人間に『強烈な嘔吐感、頭痛、顔の膨張と口と喉の筋肉の収縮、半身の麻痺』を与えることなど出来るのだろうか。
工場の周辺に民家がなかった――ならあるいは、であるが民家はある。
付け加えて、緑に着色した工場全てが、異臭を発する操業をしていたわけでもなかろう。
そして仮に工場で異臭が派生したとして、勤務していた人間は何の健康被害にもあっていないのだろうか。
ざらっと『定説』の文章を読むと
「ふーん。工場が原因だったのか。ちょうど高度成長時代だったものね。この事件も工業化の徒花だったんじゃのう」
と、なんとなく納得してしまうが、こうして俯瞰して見てみると、なんだか疑問点も浮上する。
ゆえに、どうか諸兄に憤って貰いたい。
「なんだよ! 工場が異臭の原因って言うけど、北ブロックはともかく、他のトコはぜんぜん遠いじゃないか! それに物的証拠はどうなるんだ! 被害者も!」
そうですよ。諸兄の憤りももっともです。
工場異臭説はどうも釈然としないものが残る。
一応、可能性として
『時は二次大戦末期、アトラス·インペリアルは政府と癒着しており、秘密裏に軍事兵器、特に毒ガスの製造をしていた! 政府はその事実を隠すために、アトラス·インペリアルを優良工場認定し、健康被害にあっっていた従業員たちには口止めしていた! 工場付近に被害の届けがないのは、買収されたか、従業員の社宅だからだよ! もっといえば、マッド・ガッサー事件は政府に委託を受けたアトラス·インペリアルによる人体実験だったんだよ!』
というMMR的な陰謀論を考えてみたが、どうだろうか。ないだろうか。
マッチポンプで申し訳ないが、ない。
調べてみれば、アトラス·インペリアルはディーゼルエンジンの製造を主とする企業で、アメリカに幾つかの製造工場をもっていた。マトゥーンのプラントもそのうちの1つだ。
こう聞くと結構な大企業に思えるが、ちょうど事件のあった1940年代には事業が傾きはじめ、1950年代には次々に工場を閉鎖し、結果倒産している。
毒ガス製造の技術を持っていたとも思えず、政府としても『重要機密』に属するであろう案件を、傾きかけの企業に依頼するとも思えない。
ただ、不逞なる従業員が何らかの化学物質を管理者に無断で持ち出した――という可能性は否定しないでおく。
マッド・ガッサーとまではいかなくても、変なヤツはいた。模倣犯も。
これは、実際にイタズラがあった事実がある。マッド・ガッサーの噂が広まるにつれ、面白がった愉快犯、そして事件に便乗して隣人に嫌がらせした者が出てきたという。
ボテトートでは殺虫剤の缶を人の家に投げ込むという、模倣にも足りない事をした者もいたようだ。
これに関しては現代でも同じような事が日夜繰り返されているので、ことさら掘り返す必要もないだろう。
誰かが店の冷蔵庫に入ったなら、自分は冷凍庫に入ってやろう、という独創性にも創意工夫にも欠けた者が世の中には一定数存在するのである。次は棺桶にでも挑戦してみれば、負けじと火葬炉に飛び込んでくれるかもだが、それはいい。
ともかく、これもなんだかスッキリしない。
『実際に毒ガスを撒いた者』が存在しないとなると、報告された『強烈な嘔吐感、頭痛、顔の膨張と口と喉の筋肉の収縮、半身の麻痺』は、すべて前述の工場とヒステリーの症状だったと言うことになる。
吐き気や頭痛、麻痺などは第三者が客観的に観察できず、それが本人の思い込みや詐病である可能性も充分に考えられるが、『顔の膨張』は実際に何らかの薬品を吸引した証拠だと考えるのが誠実では?
ただ、ビウラ・コーデスにそれらの症状を引き起こさせた『布』であるが、当局による分析によれば、「検出された化学物質ではビウラ・コーデスの症状を説明することができない」としており、本人による症状の訴えが誇張されたものである可能性はある。
こうなってくると
「なんだよ……。なんかやっぱ集団ヒステリーっぽいよな……。やっぱりマッドガッサーなんていないんだ……。オカクロじゃシャーマーには勝てないんだ……ショボス」
と諸兄を落胆させてしまうかも知れない。
だが、オカルトクロニクルは言わせていただく。
マッドガッサーは存在した、と。
たしかに、信頼に足る情報が少なく、どれも胡散臭く感じてしまうが、少なくとも事件の始まり、つまり『カーニー夫人の一件』の関して言えば、その時はまだメディアが事件を報じておらず、マッドガッサーの噂も存在しない。
そこにあって、夫人&ドロシーと夫が同じ時間帯に別の体験をしている。これは何かあったと考えて良いのではないか。(もちろん、夫が夫人たちの話に合わせた可能性は否定しないが)
超常現象と犯罪事件についての研究をしている作家ジェローム・クラークも著作の中でこう書いている。
「マッドガッサー」や「幻の麻酔医」についての話が広がる前に、これらの出来事は起こった。たとえ、話が何かにインスパイアされたものだとしても、それが集団ヒステリーであったはずがない。
『Unexplained!』からマッドガッサー事件について そう。一連の事件の最初期には何かが起こっていた。
それでも諸兄は疑ったり、憤ったりするのでしょうね。
「じゃあ真正マッドガッサーの犯行はどれだったって言うんだよ! それに、工場異臭説が発表された9/13以降、ぱったり犯行が止まったのはどういうワケなんだよ!」と。
では次節では闇に消えたマッドガッサーと、その容疑者の実像に迫ってみよう。
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マッド・ガッサー・フォーエバー
まず、この画像を見て欲しい。
これがなにか、おわかりになるだろうか。
ジオングの足りない部分? それは半分正解で、半分間違いである。
足など飾りだと聞いたので、『足りない部分』ではない。
冗談はともかく、1986年にこの『足』だけだった機械がどうなるか。
ご存じ、HONDAの技術の粋、asimoになる。かっこいい。
たかが10年そこそこで、足だけだったロボットが人型になった。技術の進歩、デザインの変遷とは日進月歩であると言うことがよくわかる。
これを踏まえて、ある事件を紹介したい。
1952年9月12日、アメリカはウェストヴァージニア州のブラクストン郡で子供たちが奇妙なモノと遭遇した。
高さ3m以上、目は暗闇に光り、スペードのエースのような形状の頭。腰にはスカートのような布状のモノを身につけており、フワフワ浮いて移動した。
そう、フラットウッズ・モンスターだ。
機械なのか宇宙人なのかよくわからないが、とにかく『ガスを撒き散らす』迷惑な存在である。
右の図では、『モンスター的』な容姿であるが、本当はもっと機械的なデザインであったらしく、後に描き直されている。
上半身剥き出しでいるところも目撃されており、中身はトカゲ人間(註:レプティリアン)っぽかったとも言う。
ともかく、ここで注目すべきはフラットウッズのあるウェストヴァージニア州が、マッドガッサー発祥の地であるバージニア州と隣り合っているという事実だ。
山を挟む形ではあるが、事件のあった町同士は直線距離にして250kmほど。
ここから1つの推論が導き出される。
攻撃方法、地理、時系列。そして日進月歩の技術向上。
それらをふまえると、こうなる
宇宙(そら)へ!
これをマッドガッサー進化論として広く世に知らしめてゆこうと思う。
手間のかかった冗談はともかく、マッド・ガッサーの正体は何だったのか。
実は様々な目撃証言を総合しても、印象は明確にならない。
1人は身長の高い痩せた男だったと言い、1人は小太りの小男だったという。そして9月13日の目撃証言では、「男装した女性だった」という証言も飛び出してくる。
これらをして、「やっぱりマッドガッサーなんて存在しないのだ。みんなが好き勝手に想像するから様々なマッドガッサー像が生まれたのさ。見事なまでの集団ヒステリーの例だね」と断じるのは容易い。
だが、この事件を調べ上げたアマチュア歴史家――フォーティアン・タイムズをして『アメリカで最もマッド・ガッサーに詳しい男』とされるスコット・マルナは「そうじゃない」と言う。いたのだ、マッド・ガッサーは――と。
マッド・ガッサー異聞
マルナは一つ一つの事件をつぶさに観察し現地調査を行った結果を『The Mad Gasser of Mattoon: Dispelling the Hysteria』に書いた。
書名の副題にあるように、集団ヒステリーを否定する内容である。
そこでマルナは以下の指摘を行っている。
①目撃された犯人は証言によって劇的に体格が違い、目撃証言に矛盾が生じている。したがって1人以上のガッサーがいたと考えられる。
②犯人の少なくとも1人は、有機化学についての広範囲な知識があった。
③犯人は被害者たちの隣近所に住んでいた。
④犯人の少なくとも1人は、町の中を目立たずに移動することができた。
⑤犯行には犯人が世間に対して持っていた怒りが散見される。
犯人は複数存在した。調査を終えたマルナはそう考えるに至った。
そして、『リアルガッサー』は事件の全てに関わっていたワケじゃない、とも。
②の『有機化学についての広範囲な知識』について、マッド・ガッサーは『ファントム麻酔医』と呼ばれたほどであるからして、当初は犯行にクロロホルムが使用されたと考えられていた。昔のドラマなどで、布に染みこませてターゲットを眠らせるアレである。
クロロフォルムは吸入麻酔薬の一つで無色透明の液体、揮発性が強く独特の甘い臭いを発する。
だが、時の市長E. E.リチャードソンが「クロロホルムではない」と市民に保証した事から、使用薬剤についてはウヤムヤになっていた。
これに関して、なぜ市長が否定したのか資料からは判然としなかったが、当時、戦時中と言うこともあり、男女の割合が大きく女性のほうへ傾いていたことにヒントがあるかも知れない。主人の居ぬ間にクロロホルムで眠らせられ、乱暴され、ガッサーベイビーを……。という淑女の不安を取り除くためだったのかも知れない。
ともかく、マルナは著作のなかで、事件に使用された化学物質が『1,1,2,2-テトラクロロエタン』であると断定している。
この1,1,2,2-テトラクロロエタン(C2H2Cl4)あまり聞き馴染みのない化学物質であるが、環境省の発行した資料によれば
用途 本物質の主要な用途は、他の塩素化炭化水素製造の際の中間物である。過去においては、洗浄用及び金属の脱脂用溶媒、ペンキ剥離剤、ニス及びラッカー、写真用フィルム、油脂の
抽出溶媒として使用されていた8)。
また、本物質は塩化ビニル、塩化アリル、エピクロルヒドリンの副生成物に含まれる13)。
急性毒性 本物質は眼、皮膚、気道を刺激し、中枢神経系、肝臓、腎臓に影響を与え、中枢神経系機能の低下や障害を生じることがある。意識喪失を生じることがあり、死に至ることもある。
眼に入ると発赤や痛みを生じ、吸入すると腹痛や咳、咽頭痛、頭痛、吐き気、嘔吐、眩暈、嗜眠、錯乱、振戦、痙攣を生じ、経口摂取では腹痛や吐き気、嘔吐を生じる。皮膚に付くと発赤や皮膚の乾燥を生じ、皮膚から吸収して腹痛や咳などの症状が現れることもある 19) 。
『化学物質の環境リスク評価 第8巻 1,1,2,2-テトラクロロエタン』より となっている
長期的にばく露されることで各種疾病を引き起こすようで、日本国内でも1953年に塩化ビニールシート製造工場で1人、1954年に3人、1956年に2人が急性肝炎などで亡くなっている。
そしてこの物質は強烈な甘い匂いを放つ。
当時、前述したアトラス·インペリアル社もテトラクロロエタンを保有していたが、犯行に使用されたものはマッド・ガッサー自身によって生成されたモノであるとマルナは言う。
そして⑤の『犯行には犯人が世間に対して持っていた怒りが散見される』であるが、これはなかなか興味深い。
先に『3度にわたって襲われた婦人がいる』と書いたが、その婦人フランシス・スミスは地区の学校校長を長らく務めていた。
そして他の被害者(多くは女性だった)は、ほとんどが高校の同級生同士だった。
つまり、被害者たちは無作為に襲われたり、無差別に攻撃されたと思われていたが、『ハイスクール』という共通点が存在したのだ。これにより彼女たちは最初から狙われていた――マッド・ガッサーは明確にターゲットを定めていた――と推測することができる。
これは、復讐だ。
有機化学についての知見があり、町内に住んでおり、被害者たちと接点があり――怒りをため込んでいた人物。
これに該当する人物を、マルナは名指しで特定している。
ファーリー・ルウェリンだ。
ファーリー・ルウェリンは、明るい青年だった。
地元マトゥーン高校で模範的な成績をおさめ、進学したイリノイ大学でも化学専攻学生として優秀な成績を残している。
ではなぜ彼がマッド・ガッサーだと言えるのか?
実はファーリーは、このマッド・ガッサー騒動が起こった際、警察が容疑者としてマークしていた人物のうちの1人だった。
だが一般的には、彼は『嘘発見器』のテストにパスして釈放されたため、マッド・ガッサーではなかったのだとされる。
だが、マルナは「ファーリーこそが真のマッド・ガッサーだった」と断言する。
ここで、先ほどの工場地図にある、ファーリー・ルウェリンの実家を見てみよう。
地図右上の青いポイントがルウェリン家のあった場所だ。確かに町内である。
現代的なプロファイリングによれば、殺人などの重大犯罪が起きた場合、多くの犯人は自宅近辺では犯行を犯さないとされるが、『復讐』というフィルターを通さなければならないこの事件において、これは適用できない。
が、最も襲撃が多かった――ガッサーが活発に活動した地区はルウェリン家から600m~1.5km圏内となっており、プチ・ドーナッツ化現象が見て取れる。もちろん、これは穿った見方かも知れないが。
「なんだよ! そんな事だけでマッド・ガッサーだったなんて軽薄なコト言うなよ! 優秀な明るい人間がなんでそんなテロするんだよ! そんなんでシャーマーに勝てるのかよ!」
と諸兄が憤る前に、もう少しファーリーのパーソナルな部分に触れてみよう。
確かに、彼は明るい学生だった。
実家はディウィット通りで食料品店を営んでおり、2人の姉と、町民に愛される父親が店を切り盛りしていた。
高校を出て、イリノイ大学へと進学したファーリーだったが、きっとこの頃までに心中に闇を抱えたと思われる。
闇とは何か?
それはセクシャルなものだ。
ファーリーは同性愛者だった。
おそらく、このセクシャルな部分が彼の人生を変える1つのキッカケだったに違いない。
大学を卒業し、実家へ戻ったとき、ファーリーはアルコール中毒になっていた。
時代は1930年代。同性愛者への視線は今のそれよりずっと厳しい。ルウェリン一家が町の注目を集めるファミリーだったこともある種の重圧になっていたかも知れない。
2人の姉フローレンスとキャサリンはかなりの変わり者で、彼女たちを知る町人の印象は一致している。
『不潔』だ。
常に薄汚い、床まで届くドレスを引きずり、肥え太り、年頃を過ぎても化粧はおろか、髪にブラシをかけることすらなかった。もちろん、それで男が寄りつくワケもなく、彼女たちは一生独身だった。
その一方で父親は町人たちに敬愛されるほどの人格者だった。子供にも、婦人にも、老人にも分け隔てなく優しく接し、慈善家でもあった。
尊敬を集める父親と、変人扱いされる姉たち。そして白眼視される自分のパーソナリティ。
時代が時代ということでファーリーが同性愛者という事実を家族はひた隠しにしていた。
だが、ここは小さな町。このゴシップは町中の人間が知っていた。
これらの経緯がファーリーのアルコール依存を高める一因となり、そのアルコールによってさらに精神が蝕まれるという悪循環に陥っていた。
30歳を超えたあたりでファーリーに奇行が目立つようになり、町の人々はファーリーを「心が壊れた人」と表現した。かなり苦しんでいたのは間違いなく、もう『明るい青年』だとは誰にも言われなかった。
そして重要なのが、時期は定かでないが、ファーリーが店の裏に『研究室』を作ったという事実だ。
裏庭にトレーラーハウスを置き、その中に様々な実験器具や薬品が持ちこまれた。ファーリーは自分の殻に閉じこもるようにそこで寝泊りし、なにか秘密の研究を行うようになった。
何をしているのだろう、と隣家にあたるブレーゼ家の人間は不審に思ったようだが、ルウェリンさんちの『あの』ファーリー君のする事だから、と気にしないようにしていたようだ。
だが、ある時、事件が起こった。
それはちょうどマッド・ガッサーの攻撃が始まる数日前のこと。『研究室』で大きな爆発があった。
火の手こそ上がらなかったが、あたりに轟音が鳴り響き、トレーラーが傾いてしまうほどの規模だったと隣人が証言している。
ファーリーは無傷だったが、爆発についての説明を求められても「実験の失敗」というばかりで、キチンと事情を明かさなかった。
そう。この自前の研究室でテトラクロロエタンおよびニトロメタンが合成された――マルナはそう言う。
そして、このマルナによる『マッド・ガッサー異聞』を追跡調査したジョナサン・ダウンズも言う。
ファーリーがこの物質をうまく合成したことはほとんど確かなようで
彼は彼の尊厳を踏みにじった町に子供じみた復讐をするため、それを使った。『Fortean Times:In Search of the Mad Gasser』より その復讐の矛先は、高校の同級生たちに向かった。
ちょうど、最初の被害者たちは事件当時30代中頃。ファーリーとは違う、『普通』の人生を歩んでいた。
なぜ、ファーリーが同級生を――彼女たちを狙ったか、過去に何があったのか、それは不明だ。
そもそも、年代は同じでも本当に同級生であったのかすら今となっては調べようがない。
だが、同級生の次には高校の校長が3度にわたり襲撃されている。
これを偶然と取るか、必然と取るかで事件への見方は変わるだろう。
では、なぜパタリとファーリーによる攻撃が止まったか?
これに関して、マルナもジョナサン・ダウンズも『9月11日に攻撃が止まったのが最大の証拠』と書いているが、これはファーリーによって生成された幾つかの化学物質がおおむね16日程度で分解することを根拠としている。
ファーリーの研究所は、一連のマッドガッサー騒動が起こる直前にニトロメタンが原因とみられる爆発事故を起こしているが、その爆発の日から数えると、ちょうど分解しきってしまう日が9月11日ごろにあたる。つまり、研究所が大破したことによりガスを追加製造することが出来ずストックがそこで切れた。ゆえにそれ以降はガス攻撃は止まった――というワケだ。
(註:情けない話、英文が複雑で完璧に理解できてるか不安。間違っている可能性アリ)
『布』を嗅いだビウラ・コーデス婦人の攻撃に使われたのはニトロメタンで、犯行に使われた量なら通常24時間で分解する。警察によるサンプルの分析が3日後だったことから、分解に要する時間は充分だった。検査の遅れは悔やまれるが、どのみち当時の技術では、それ以上追跡できなかったろう――としている。
ファーリーは9月10日に身柄を拘束され、そこで行われたポリグラフテストにパスして疑いが晴れているが、その足で州の精神病院に送られそこで残りの人生を終えた。
だがおかしい。
ガス攻撃はファーリーが身柄を拘束されていた9月13日にも起こっており、もっと言えばファーリーが警察に身柄を拘束された当日、9月10日にもシャンペイン通りとモートリー通りでそれぞれ匿名の女性が襲われ、高校校長も仕上げとばかりに3度目の攻撃を受けている。校長狙われすぎ。
これはアリバイというやつではないのか。ファーリーがマッドガッサーでなかったという確たる証拠ではないのか。
だがマルナによると、これらは共犯者による犯行だそうだ。
共犯者、それは誰か?
ファーリーの姉たちである。
『背の低い太ったマッドガッサー』『男装した女性マッドガッサー』はフローレンスとキャサリンだったのだ、とマルナは言う。
ファーリー同様、町人に恨みを持っていた姉2人がマッドガッサーとして協力したのだと。
つまりはルウェリン一家は父親以外全員がマッドガッサーだったと。
かくしてファーリーがマッドガッサーとして裁かれなかった理由は以下のようになる。
①姉2人の協力のおかげで、手に入れたアリバイ。
②ファーリーに一致しないマッドガッサー像。
③当時の科学調査の限界を超えていた。
④イタズラ、誤報などによる捜査の混乱が生じていた。
⑤父親の人徳。
一番重要なのは最後の⑤だ。
取材したスコット・マルナ、追跡調査をしたジョナサン・ダウンズ。その2人ともが当時を知っている町人たちから
「マッドガッサーはファーリーだった。みんな知っていたよ」
という言葉を拾っている。
驚いたことに当時から町人の多くはファーリー・ルウェリンが犯人であることを知っていながら、近年までずっと口を閉ざしていたのだと言う。
慈善家で愛されていた父親、町民たちはその父親の名誉や生活を守るため、真相を知りながらも口をつぐんでいた。
そして、父親は没し、ファーリーは精神病院で亡くなり、姉妹も世継ぎを得ぬまま世を去った。
かくしてルウェリン家が絶えてしまった今、過去を清算するかのように、町民たちがようやく閉ざしていた口を開いてくれたのだと。
警察の目は姉妹の協力によって、市民たちの目は父親の威光によって、それぞれ逸らされたというわけだ。
以上がマッド・ガッサー異聞である。
どうだろうか。あるだろうか。
この『ファーリー=ガッサー説』、先に上げた『9月11日に消えたことが最大の証拠』とマルナが書いているように、物的証拠は一切ない。
なぜ姉妹が協力したのかその理由については深く触れられず、町民全員が共謀(?)してルウェリン家を守った動機もイマイチ薄く思えてしまう。
発見された口紅や合鍵などの証拠とされる物品がルウェリン家に繋がったという話もない。
そして、(マルナは事件を完全に分けて考えているのかも知れないが)このマトゥーンのマッド・ガッサー事件がファーリー・ルウェリンによるものだったなら、10年前に起こったバージニア州ボテトートのマッド・ガッサーに繋がらない。
ボテトート・ガッサーを参考にファーリーがマトゥーンで事件を起こしたと考えることは可能であるが。
この異聞、何か大事なピースが欠けているようにも思える。
だがファーリーが拘束後すぐに精神病院に送られた事実は、この異聞に得体の知れない凄みを感じさせる。
もしかしたら、父親も知っていたのではないか。知った上でファーリーを精神病院に送り、真相を闇に葬ったのではないか。
どうだったのだろうか。『トレーラー研究室』はなんだかワクワクさせてくれるが……。
ともかく、オカルト・クロニクルとしてはマッド・ガッサーは実在したという立場であるからして、ファーリー説が薄くとも、すべてを集団ヒステリーで片付ける気はない。
軽薄な意見になるが、なんらかのカルト教団の関与とか……オウムみたいなドゥームズデー・カルトとか……ないだろうか。
それともやはり、異次元から来た猿人が幻の銃を使って……。
猿人? エンジン? ディーゼルエンジン? エンジンと言えば……アトラス·インペリアル社……!
と、冗談はともかく、なにかしら新事実が出れば、加筆したいと思う。
興味深いのが、マッド・ガッサーの攻撃によって、誰ひとり死者が出ていないことだ。なぜ校長は執拗に狙われた? 殺害が目的ではなかったのか? だとしたら? ……まるでわからない。
――【追記 2015.7.21】
この件に関して、有識者による興味深いtweetを引用させていただく。マッド・ガッサーは、大学生の時の社会コミュニケーション論の講義で、某『予言がはずれるとき』の翻訳を手がけた水野博介先生が「集団ヒステリー」の一例として挙げていたな。当時はそんなに知識なかったから突っ込めなかったけど。
— 小山田浩史 (@magonia00) 2015, 7月 20寝室への侵入者という発想はオカクロにはありませんでした。マッド・ガッサーも奇現象界隈でいうところの「Bedroom Intruder(寝室への侵入者)」の一種として眺めることが可能なんだろうな(ぼんやり顔)
— 小山田浩史 (@magonia00) 2015, 7月 20
事件は1944年、ヒル夫妻で大騒ぎになった宇宙人によるアブダクション事件が1961年。それ以降、寝室までやって来たという報告がポツポツ出てくる。マッド・ガッサーも時代が時代なら、様々な説が出ることなく『宇宙人』の仕業とされたかも知れない。
日本では寝ているときにやってくるのは幽霊で、アメリカではそれが宇宙人となる。これは根付いた文化による違いなのかも知れないが、アメリカのソレの成立は存外新しいモノなのかも知れない。興味深い。 ――――
上手く言えないが、妙にインスピレーションを刺激する事件ではあるので、そのうちファーリーをモデルにしたマッド・ガッサーがアメコミのヴィランとして登場するかも知れない。ゴッサムシティが似合いそうだ。
アメコミでなくともマッドガッサーBL本とか出るかも知れない。新ジャンル都市伝説BL?
「見てくれ捜査官。黒いのは服だけじゃないんだぜ?」
「ガッサーさん、甘いのが、今日、凄く、濃いです」と。
まさに甘い夜。腐女子の諸姉、コミカライズ宜しくお願いします。
余談ではあるが、実はファーリーには弟が居た。時期は不明だが家族に愛想を尽かしてアラスカに移住したと資料には書いている。それ以降の消息は不明であるが、もしかしたら弟は……。と色々妄想はふくらむが、生産的でないので書くのはやめておく。
ムーの記事によれば、マッドガッサーはボテトートの1933年から始まって、マトゥーンの1944年、61年、78年、86年と50年以上にわたって現れているという。ボテトートとマトゥーン以外の詳細が見つからなかったので、よくわからないが、この事件も都市伝説化していると考えていいだろう。
マッド・ガッサーはどこへ消えたのか。
本当にファーリーだったのか。
一連の事件は彼が町に対して起こした、独りぼっちの戦争だったのか。
だとしたら、彼は勝ったのか。あるいは負けたのか。今となってはわからない。
ただひっそりと事件は終わった。
そんなささやかな終戦を歴史の片隅に忘れ、やがてアメリカは黄金時代へ突入する。
■参考資料 ・The Mad Gasser of Mattoon: Dispelling the Hysteria ・Unexplained!: Strange Sightings, Incredible Occurrences & Puzzling Physical Phenomena ・BORDERLANDS
・戦慄!!呪いの都市伝説モンスター (講談社プラチナコミックス) ・THE都市伝説 RELOADED ・最強の都市伝説 ・THE “PHANTOM ANESTHETIST” OF MATTOON:A FIELD STUDY OF MASS HYSTERIA *BY DONALD M. JOHNSON University of Illinois PDF ・化学物質の環境リスク評価 第8巻 1,1,2,2-テトラクロロエタン PDF ・Eastern Illinois University Historical Administration Class 2001 ・Fortean Times: In Search of the Mad Gasser ・ムー2015.5 ・wikipedia:Mad Gasser of Mattoon /
・skeptic.com:Was the Famous Mass Hysteria Really a Mass Hoax? ・mysterious universe:Mad Gassers of America ・American Hauntings:The mad gasser of Virginia and & Mattoon, Illinois12タイトルとURLをコピーしました