セイラム魔女裁判―清廉潔白のグロテスク

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少女たちが被告とされた女を指差しながら悲鳴をあげる。その女が魔術を使っている、と。
少女たちの全身は痙攣し、法廷の床にのたうち回った。およそ常人らしからぬ形に手足が捻れた。
被告が身振り手振りに自らの潔白を主張すると、その手足の動きと寸分たがわぬ動きを少女たちが見せる。異様な光景だった。
「そして、無実の女たちが魔女として吊された」そう研究家は言う。
その一方で「だがその中に本物の魔女もいた」とも。
黒歴史の村セイラムにいったい何があったのか。

地獄の中では一番住みよい部屋

salemwt001min4 1692年。植民地時代のアメリカ。

ボストン近郊の村セイラムで、二人の少女が奇怪な病にかかり、奇妙な症状を見せた。

少女たちは腕や足をねじり、交差させ、激しく身体を揺らし、のたうち回った。
多岐にわたる諸症状のなかで、とりわけ目を引いたのは痙攣だった。

この発作は極めてグロテスクで見る者を圧倒させる異様なものだったという。

困ったサミュエル・パリス牧師はそんな症状を見せる愛娘エリザベス・パリス(9)と姪っ子アビゲイル・ウイリアムス(11)を村医の所へ連れて行った。
だが村医者の知見を持ってしても、まるで原因がわからない。

一時的な盲目、聴覚の失調、失語、窒息感、そして異様な痙攣。動物のように駆け回る。

医師と同じく彼女たちを見たディアーダ・ローソン牧師は、その時の様子を以下のように書き残している。

「発作中の動きは、常人にはあり得ないような格好で身体がねじれると言う点、そして同じ人間が正気の状態ではとても出せないような驚異的な腕力をふるって暴れるという点から見ても、超常的としか言いようのないモノであった」
そしてこの事件に深く関わった隣町のジョン・ヘイル牧師も同じような所感を残している。

「彼女たちの腕、首、背中は、右へ左へねじれたかと思うと、再び同じ位置に戻った。これはどう見ても彼女たち自身の力ではできそうにない動作であり、カンシャクの発作といった、通常の病気にしても不可能な動きであった」
医者にも坊主にもわからない。これはもう手の尽くしようがない。
そして村医師グリッグズは、診断を下した。

「これは悪魔の力によるモノに違いない!」
だがこの診断には問題があった。

セイラムは清廉潔白をむねとする敬虔なピューリタンの村。そしてその村の牧師の娘とその姪が悪魔憑きなどというのは、名誉や信仰にかかわるもの。とうてい看過できるものではない。

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■ヒステリー性発作の図。
脚部の痙攣や、突き出た舌の緊張状態が被害娘の見せた症状と似ている。
被害娘の一人、メアリー・ウォレンの脚は交差して絡み合い、無理やりに外そうとすれば骨折するのではないかと危ぶまれたほどだった。
画像出典: J.M.シャルコー『神経系の疾患に関する講義』より


だが、同じ症状を訴える者は増え続けた。

先に挙げたエリザベス・パリス(9)とアビゲイル・ウイリアムス(11)に始まり

村内の有力者の娘アン・パトナムJr(12)

そのパトナム家の女中マーシー・ルイス(19)

これも発言力の強いプロクター家の召使いメアリ・ウォレン(20)

そして村医グリッグズ医師の召使いエリザベス・ハバード(17)にまで被害は広がり、村内で10名を数えるにまで至った。

のちに100名もの逮捕者、19名もの死刑が行われたセイラム魔女裁判、その発端はこのような形で幕を上げた。

当初、この異常痙攣騒ぎを悪魔のワザによるモノと信じない者もいた。
だが時は17世紀、疑いこそすれ悪魔の存在自体は信じられていたし、魔女の存在も同様に信じられていた。だから多くの村人はこれが魔術による発作であるという言葉を信じた。

ちなみに、被害者痙攣娘クラスタの1人であるメアリー・ウォルコット(16)の叔母が魔女による呪術を破るため、『白魔法』を行っている。

叔母は痙攣騒ぎが始まったとき、ティテュバの元へ出向き、粗挽き粉に子供達の尿を混ぜたパンを焼いた。これは昔ながらのイギリス式調理法で焼かれた、魔女ケーキというやつだ。

叔母はその魔女ケーキが焼き上がると、パリス牧師の犬に食べさせている。『犬は悪魔によって魔女に使わされた使者であり、魔の者に通じている』と考えられていたからだ。

この事実を知ったとき、パリス牧師も愕然としたようだ。これは悪魔を倒すに、悪魔の力を借りるようなものだからだ。犬にとっては色々と迷惑な話であるが、それはいい。

すくなくとも、この『魔女ケーキ・クッキングを行った』せいで、本格的に悪魔がこの村にやってきたに違いない――。
そう考えた者が多かった。悪魔を倒すに、悪魔を呼んでしまったのだと。

そして痙攣クラスタの数名が、魔女ケーキ以後、自分たちを苦しめる原因についてようやく口にしたことも、『魔術が効力を発揮した証』と考えられた。

原因究明に向けて最初の被害者であるエリザベスとアビゲイルに辛抱強く話を聞くと、なんと彼女たちが魔術を行っていた事実が明らかとなった。
魔女ケーキ以前にもセイラムで魔術が!

それはパリス牧師家に使えていた召使いの女性ティテュバを発端とするものだった。

ティテュバはパリス牧師がカリブ海バルバドスで買った黒人奴隷で、この痙攣騒ぎが起こったときには敬虔なキリスト教徒であったが、奴隷として買われる以前はヴードゥーに通じていた。

エリザベスとアビゲイルは世話係だったティテュバに教えてもらった『未来を見る占い』を行ったのだ。

そして、それは同じ症状に苦しむほかの少女たちにも言えることだった。

彼女たちは卵とグラスを使って『未来の旦那様』を見ようとしたり、恋占いを行ったのだという。
これは現代の中高生が行う『まじない』と同じく、他愛のないものだ。

だが、厳格なピューリタンの社会ではこのような行いは悪魔に通じる儀式とされており、禁止されていた。魔術を行う者――それは悪魔と契約した魔女だ。

だが娘たちは苦しんでいる。演技には見えない。つまり、これらは被害者だ。他に犯人がいる。つまり魔術を先導したティテュバが魔女だ――。
この流れでティテュバが問い詰められた。

彼女は当初は否定していたが、執拗な追求によりやがて自らが魔女であることを認めた。そして、他にもセイラムに魔女がいるとも。
自分が悪魔と契約したとき、その場には他にも魔女がいた。それはこのセイラムの住人だった、と。

■当時のセイラム村の様子。
敬虔なピューリタンが暮らすのどかで静かな村だった。画像出典:legends of america.com 


そこであがった2名はサラ・グッドとサラ・オズボーンだった。

サラ・グッドはいかにも怪しい女だった。ボサボサの白髪頭でシワシワの顔。村人達に物乞いのようなマネをし、村の鼻つまみ者だった。

この告発は正しい、ティテュバの言うとおりサラ・グッドも魔女に違いない。調査に当たっていた者たちはそう思った。

もう1人のサラ――。サラ・オズボーンは資産家ではあるが、三度の離婚歴があり、嘘つきであるとの評判があった。
これも魔女だと言われれば、なんとなくそんな気がする。

2人とも決して村内で評判の良い人物ではなかったし、なるほどなと思った村人も多かった。

もちろん彼女たちは自らにかけられた魔女の嫌疑をまっこうから否定した。

だがサラ・グッドの裁判の途中、痙攣娘たちをサラ・グッドと引き合わせてみれば、少女達はサラ・グッドの顔を見た瞬間に恐ろしい形相で、もがき、苦しみはじめ、ようやくその発作が治まると、サラ・グッドがそれを引き起こしたとハッキリ批難した。
この場だけでない、以前にも生霊を飛ばして自分たちの所へやってきて、自分たちを責め苛んだ、と。

この、裁判中の『首検分→発作』の流れは陪審員のもっている被告人の印象を、灰色から黒に変えるに充分なものだった。
彼女たちは有罪――つまりは魔女と判断された。

そして、つぎにマーサ・コーリという婦人が少女達に告発され、逮捕される。

評判の悪くなかったマーサ・コーリに対する告発は波紋を呼んだが、次にレベッカ・ナース老婦人が告発されると波紋は動揺へと変わった。
レベッカ・ナースは村内でも極めて評判が良く、信仰心あつく勤勉であり人望もあったからだ。

ここまで来ると、そろそろそれに懐疑的な目を向ける者も出始めていた。

ジョン・プロクターという男は特に被害娘たちによる魔女告発に懐疑的で、「この娘たちをムチ打って懲らしめなければ、我々はみな、悪魔か魔女にされてしまうぞ」と明らかに懐疑的批判的だった。
だいたいレベッカ・ナース老婦人が魔女であるはずがないではないか――と。

だが、レベッカ・ナースの裁判の途中、奇妙な事が起こった。
やはり痙攣発作を見せた少女達だったが、必死に自己弁護するレベッカ・ナース老婦人の手足の動きをマネ始めたのだ。

これは異様な光景だった。
レベッカが手を上げれば、少女たちも手を上げ、レベッカが首を傾げれば少女たちの首もかたむく。

これは妖術を使った動かぬ証拠とされた。集会所にいた全員が証人だ。
レベッカ・ナース老婦人への告発が不当であるとして、39人分の署名が集まったがそれも無意味だった。痙攣シンクロメソッドは彼女の風評を一気に魔女へと変えてしまう威力を有していた。

そして、懐疑的だったタフ農場主ジョン・プロクターとその妻も告発された。
そして次々に村人たちが告発のやり玉に挙がる。

ブリジット・ビショップ。エリザベス・ハウ。サラ・ワイルド。スザンナ・マーチン。マミー・レッド。アビゲイル・ホッブズ。

この村の前牧師ジョージ・バローズも少女たちに告発されたし、サラ・グッドの娘である4才のドーカス・グッドも魔女の烙印を押された。

ようやく騒ぎが強制的に収拾された頃には、逮捕者は実に100名(一説には200名)に上り、19名の死刑が執行されたあとだった。

もちろん、外部からの干渉――つまり州知事によるストップがかからなければ、もっと多くの人々が処刑されていたであろう事は言うまでもない。

皮肉なことに、魔女であると認めた者は『告白により罪は軽くなる』とするピューリタンの教義に基づいて死刑を免れ、最後まで否認し続けた清廉潔白な者たちは処刑された。
レベッカ・ナース老婦人も首つり台で聖書を暗唱しながらその生を終えている。

アメリカ史上、類を見ない黒歴史と言われるセイラム魔女裁判。

これを愚かだと思うだろうか。野蛮だと思うだろうか。
ハーバード大学のジョージ・ライアン・キトリッジ教授は言う。

「現代の合理主義をかさに着て16〜17世紀を執拗に非難しようとする――魔術に関する現代の著述家たちを満足させることは容易ではない。現在、魔女告発者たちを裁こうとする人々が、もしあの魔女裁判の判事席についていたならば、被告側は1人として罪を免れなかっただろう、と断言してもいい」
この出来事の裏側に何があったのか、なぜこうなったのか。
一部の研究者は「処刑された内、何人かは本物の魔女だった」という。これは真実か?

様々な資料を紐解いて、もういちど事件を振り返ってみよう。

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奥様は魔女

諸兄諸氏らは時間旅行をする。

17世紀、セイラム村の集会所、つまりは魔女裁判の判事席に座る。

ジェヴォーダンでベートが暴れる70年前。
サンメダール教会でグロテスクな奇跡が起こる35年前。
そして、イングランドはデヴォンシャー地方で怪事件『悪魔の足跡』騒ぎが起こる160年前だ。

後に起こったこれらの事件がそうであったように、17世紀のセイラムでも悪魔の存在は信じられていた。もちろん魔女の存在も。

彼女たちがいかにして裁かれたのか、少し冗長になるが、それを見てみよう。

最初に被告人席にやってきたのは、サラ・グッドだ。




サラ・グッドの場合
彼女はいかにも魔女めいた容姿と態度だった。
年齢不詳。白髪頭にシワシワの顔。家族がありながらほとんどホームレスのような生活を送っていた。

老婆のような風体ではあるが、告発により逮捕されたさい妊娠しており、4歳の娘もいた。
【註:娘に関して6歳だったという説もあり。いずれにせよ幼い娘がいて妊娠もしていることから、実際は老婆ではなく40歳ぐらいだったのではないかと思われる】
人の言うことを聞かず、だらしなく、先の天然痘流行の時に不注意によって感染を広げたと噂されていたため、村では不快な存在として扱われていた。
腕力が強く、収監された際に看守を酷い目にあわせたタフガールでもある。

判事たちによる「どうしてお前は教会に通わなかったのか?」という質問に対し、「着て行く服がなかったから」と答えている。

このセイラム、敬虔なピューリタンの集落で教会に通わないということが、どれほど反社会な行為であったかは想像に難くない。

「お前が魔女でないなら、誰が魔女なのか」と問われると、サラ・グッドは平然と自分と同時に告発されたサラ ・オズボーンを名指しするほどの女丈夫で、身内であるはずの夫まで「妻は魔女か、でなければ、いずれは魔女となる女だと思っていた」と不利な証言する。

4歳になるサラ・グッドの娘も、自分の母が「黒と黄色と全部で3羽の鳥を手なづけており、それらを使って子供たちを苦しめていた」とサラ・グッドに不利な証言した。

もちろん、被害者娘たちに引き合わされた時、被害者娘たちは痙攣し、それがおさまるとサラ・グッドを指さして「生霊を飛ばした!」と非難した。

サラ・グッドは法廷で無実を勝ち取るどころか、どんどん深みにはまっていった。

以下が有名な問答だ。

判事「この哀れな娘たちを見て、何も思わないのかね。この娘たちをなぜ苦しめるのだ」

サラ・グッド「私は子供たちを苦しめたりなんてしません」

判事「では、誰を使って苦しめているのだ」

サラ・グッド「私は誰も使ったりしていません」

判事「では、どんな動物を使って苦しめているのだ」

サラ・グッド「私はどんな動物も使ったりしません」

判事「では、どうやって娘たちを苦しめているのだ」

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■セイラム魔女裁判の様子。
セイラム村には裁判所はなく、審議は集会場で行われた。ヒステリーを起こした少女たちが、天井や壁を指さし「生き霊がいる」「使い魔の鳥がいる」と騒ぎ立てている。
画像出典:latinamerican studies.org


明らかに『有罪』を前提に審理が進んでいる。

だがサラ・グッドも態度が良くなかった。質問をはぐらかしたり、素直に答えなかったりして、その場にいた者たちの印象を悪くするばかりだったのだ。

彼女は普段から何かブツブツと呟いていることが多かったが、判事にその内容を問われたときの問答が記録に留められている。

判事「なにを呟いていたのか」

サラ・グッド「そんなに言うなら、教えてあげるよ」

判事「それでは、ちゃんと言ってみなさい」

サラ・グッド「そんなに言うなら、教えてあげるよ。十戒を唱えているのさ。ま、言ってみれば私なりの十戒だけれどもね」

判事「では、どんな十戒か言ってご覧なさい」

サラ・グッド「そんなに言うなら、教えてあげるよ。じつは賛美歌さ」

判事「どんな賛美歌だね」

サラ・グッド「そんなに言うなら、教えてあげるよ。それは……」

彼女は言いよどみ、かなり時間が経過してからある賛美歌の一節を呟いた。

このようなやりとりを目の前にして、人々は「サラ・グッドは嘘をついている」という印象を持った。ピューリタンの社会では、嘘も大罪とされる。
人々は思う。
――この女は魔女でなくとも、地獄に堕ちる運命だ、と。

この村で起きた不可解極まる家畜の異常死なども、サラ・グッドのせいに違いない。

夫ウィリアム・グッドも「妻は、Goodなんてもんじゃなく、Badそのものでした」と法廷でシャレを言っている。ウケたかどうかは記録に残っていない。

サラ・グッドに関しては逸話が多いが、その中でも死刑執行人の死を予言したという話と、獄中で子供を生んだという話が有名だ。

予言については、死刑執行直前、処刑人に対し「お前はやがて血を吐いて死ぬ」と捨て台詞を吐き、実際にそうなった。

獄中で出産については、確かに出産している。だが不衛生な環境で生まれた赤ん坊は産後まもなく獄中死した。

コレに関して「サラ・グッドが殺した!」と批難されたが。真相はわかっていない。




サラ・オズボーンの場合。
これもいかがわしい感じの女だった。

資産家だったのだが、三度の結婚歴があって、嘘つきであるとの評判があり、こちらのサラも1年以上教会に現れていなかった。これも村内において印象の良い婦人ではなかった。

むろん、本人は魔女であることも、娘たちへ危害を加えたことも認めなかった。

だが被害娘たちはサラ・オズボーンを目の前にすると、やはり痙攣発作を起こした。

そして、どうして自分が魔女として告発されたか全く理解できないサラ・オズボーンは、こんな事を言った。

「悪魔が私の姿を借りて悪さをしてまわってるんだろうが、私自身は何も知らない」 これが良くなかった。

――悪魔は罪のない人の姿を盗むことが出来るのか、と法廷内に動揺を呼ぶ。これは後の大混乱の引き金となる言葉だった。
シェイクスピアのハムレットによれば『悪魔は、人の喜ぶ姿に変身する』とある。これは正しかったのだ、と。

さらなる追求に、サラ・オズボーンは言う。

「ある時恐ろしい夢を見たことがあり、真っ黒なインディアンのようなものが、実際に現れるか、夢に現れるかして、私の首を何かで突き刺したり、後頭部をつかんで家の入り口まで引きずって行ったりした」 これも良くなかった。

そして判事になぜ教会にずっと顔を出さなかったのかと問われると、彼女は病気のせいだと答えた。病気のせいで家から出ることがかなわず、行きたくても行けなかったのだ、と。

だがこれは夫ウィリアムに否定される。「嘘です」
結局夫にまで裏切られ、身体の弱いサラ・オズボーンは3月10日に獄中死している。




ティテュバの場合。
ティテュバは法廷において、責め立てられることなく、滔々と魔術についての自白を行った。

以下、ティテュバの自白の要旨の引用。
悪魔はかつて、1人の男――黒服を身にまとった白髪の背の高い男――の姿を借りて、ティテュバの前に現れた。またある時は動物の姿を借りてやって来た。彼はティテュバに向かって、自分は神だと言い、自分を信じて6年間仕えれば、素晴らしいモノをあげようと約束した。

彼はティテュバの前に一冊の書物を示した。そこでティテュバはその書物の中に『血のように真っ赤な』印をつけた。
書物の中には9つの印があり、そのうち2つはサラ・グッドとサラ・オズボーンがつけたものだった。
サラ・グッドはティテュバに、自分の印をそこにつけたことを以前から打ち明けていたが、「オズボーンのかみさんは打ち明けなかったよ。ワシに腹を立てていたのでな(註:ティテュバの発言)

黒服の男は、4人の魔女を連れてくることもあった――グッドとオズボーン、それに名前のわからないボストン出身の女2人である。彼らは彼女に同行して子供たちをいじめるよう強要した。彼女はホウキの柄や棹にまたがり、グッドとオズボーンを後ろに乗せてでかけた。
「ワシらは互いにしがみついて乗るんだよ。木も道も見えんので、どう飛んでゆくのか皆目見当も付かないが、あっという間についてしまうのさ(註:ティテュバの発言)

グッドやオズボーンには使い魔(ファミリア)がついていた。サラ・グッドのは1匹の猫と1羽の黄色い鳥で、鳥のほうは彼女の右手にとまって、人差し指と中指の間から血を吸った。
サラ・オズボーンには翼と2本の足と女の頭部をもった怪物がついていた。子供たちは2月29日にそれを目撃しており、その後、怪物は女に変身した。彼女にはまた体も顔も毛むくじゃらで、長い鼻のある、何とも言い様のない顔つきをしたモノがついていた。そいつは2本足で、身の丈およそ2~3フィート、人間のように直立歩行し、ゆうべはパリス牧師の家の暖炉の前に立っていた。
ティテュバ3月1~2日の自白『セイレムの魔女』より

よどみなく、以上のような発言をした。

サラ・グッドの不安定な発言、そしてサラ・オズボーンの虚言。
それらに疲れていた者たちの耳に、事細やかなティテュバの証言はいかにも真実味のあるものに聞こえた。

『神は細部に宿る』と創作家が言うが、まさにティテュバの証言には何かが宿っていた。

その『何か』は人々の恐怖心を大いに煽ったし、猜疑心をも増大させた。

「アンタの家の暖炉の前で、怪物がくつろいでたよ」――と言われたパリス牧師の心情はいかなるモノだったろうか。自分の娘たちが痙攣し、奇行を見せるだけに留まらず、使い魔が自宅リビングにいる――。
ちっとも神に守られていない牧師である。

そして、9つの印。

――まだ7人も魔女がいる。人々はそう考えた。




マーサ・コーリーの場合。
そして4人目が告発される。
初老の婦人、マーサ・コーリーだ。

彼女は教会内でも評判がよく、学識も信仰もあった。村の人々にすれば『意外すぎる人物』だった。
頑固で無遠慮で、独善家――田舎女の典型というマイナス要素を加味しても、魔女と言うほどではない存在だ。

だが彼女は魔女騒ぎに対して懐疑的だった。悪魔発作をはじめて見たとき、腹を抱えて大笑いした。
きっと、これが良くなかった。

そして彼女は頭が良く、人の言わんとすることを先に言う癖があった。これも良くない。
人の心を読む、それはいかにも悪魔的なワザではないか――と村人たちの不信感を煽る。

夫のジャイルズ・コーリーが魔女尋問を見物しに行こうとした時、マーサが行かせまいと画策したのがわかって、これも村人の反感を買った。
これについてはジャイルズが気の短い粗野な男だったこともあり、マーサはトラブルを事前に回避しようとジャイルズの馬の鞍を外しておいたようだ。こうすれば夫も行けまいと。でも無理やりジャイルズは行った。粗野な男である。

かくしてマーサ・コーリーの裁判が始まると、被害娘のアビゲイル(11)が集会所の天井を指さして叫んだ。

「コーリーおばさんが梁の上に座っている。黄色い小鳥を指で抱いて、乳を飲ませているわ!」 アン・パトナムJr(12)もそれに乗じて発作を見せた。

だが、冷静なマーサ・コーリーは鼻で笑い、判事に言う。

「いけません。このような頭のおかしい子供たちの言うことを信じては」 マーサの放つこの評言の冷たい理屈っぽさが判事を怒らせた。判事は思う。では誰が子供たちの頭をおかしくしたのか。目のあるものは見よ。その答えは明白ではないか――。

マーサ・コーリがアン・パトナムJrとの対面を求めて、彼女の部屋に入ってゆくと、彼女は急に発作を起こし、両親は彼女の生命に危険があると言って対面を拒んだ。

「私たち大人が、気が動転した子供たちの言うことを頭から信じるワケにはいかない」
このような『冷静』な態度が『冷酷』という表現に湾曲されるに、さほど時間はかからなかった。

裁判中、少女たちはドラムが鳴り、黒い男がマーサに耳打ちしているのを見たと騒いだ。集会所の窓の外を指さし、魔女が集まっていると言う。
少女たちは口々にマーサ・コーリを非難した。

「ドラムが鳴っているのが聞こえないの!?」 「なぜ行かないの!? あなたもあそこに行くんじゃないの?!」 場は凍りついた。

そして、マーサ・コーリーが毅然と抗弁すると、少女たちはマーサ・コーリーの口の動きをそっくりと真似、マーサが唇を噛むと、少女たちは「唇を噛まれた!」と大騒ぎする。これも魔術のワザとされた。

もう、マーサに出来ることは何もなかった。何をしても裏目に出た。

尋問の終わり頃、マーサはヒステリカルな笑いの発作のようなものを繰り返し、最後に絶叫した。

「あなた方はみんな私の敵です。私にはどうすることもできません!」



レベッカ・ナースの場合。
セイラム魔女裁判において、最大のターニングポイントとなるのがレベッカ・ナースの裁判だ。ここから最悪の結末に向けて事件が動いてゆく事になる。

レベッカ・ナース老婦人はかなりの高齢であったが、常に信仰心あつく勤勉であり、絶え間ない努力をもって貧困から身を起こし、裁かれた当時には裕福な家庭をもっていた。

人望も名声も村では指折りであり、まるで聖女のように扱われていた。皆に尊敬される『タウンガールズ』と呼ばれた三姉妹の長女で、村の重役であり、名士だった。

レベッカ・ナースこそ郡で最も魔術と縁遠い存在であると誰もが思っており、魔女の告発でレベッカ・ナースの名前が挙がったとき、告発を無効とする嘆願署名を始める者もいた。

以下に挙げる書面がレベッカ・ナースの人柄を良くあらわしている。
以下に名を記す私ども一同は、ナース氏宅を訪問し、氏の妻と面談し、患っている者たちの何人かが夫人の名を挙げている事実を告げようと考えた。そこで私どもが揃ってでかけてみると、夫人は体調が悪く、衰弱しているとかで、もう1週間近くも病気がちだったと言う。

私どもが、ほかに何か変わった事はないかと聞くと、夫人は、神様のおかげで別状ないし、病気のときのほうがかえって神様を身近に感じることだが、まだまだ充分でない。しかし、お力を借りて、良き信者となるよう一心に努めるつもりだし、聖書のいろいろな箇所も力になる、といった。

それから夫人は、自発的に、いろいろな人たちが患っている例の苦しみのこと、特にパリス牧師の家族のことに触れ、以前に彼女がよく起こしていた発作のせいで、まだお見舞いに行けないでいるが、見るも痛ましい様子だと聞き、その人たちの身の上をとても案じている、と言った。
とにかく、夫人は心から彼らに同情し、神の助力を乞うた。しかし彼女は、どう考えても自分と同様に無実としか思えない人々のことが、世間で取りざたされているらしい、とも言った。

そこで私どもは、頃合いを見計らって、実は夫人の名前も取りざたされているのだといった。
「そうですか」と彼女は言った。「いずれにしても主のみ意が行われますように」夫人は愕然とした様子で、しばらくの間身じろぎもせずに座っていてから言った。
「とにかく、この件に関しては、私は生まれる前の赤ん坊と同じように潔白です。でも、こんな苦しみを老年の私にお与えになるなんて、神様は一体、どんなひそかな罪を私の中にお見つけになったのでしょう?」 私どもが観察した限りでは、例の件を持ち出す前に、夫人が私どもの訪問の理由を知っていた形跡は全くない。
イズリエル・ポーター。エリザベス・ポーター。
右の内容につき、私ども両名は必要に応じいつでも、制約の上、証言する用意があります・
ダニエル・アンドルー。ピーター・クロイス。
『セイレムの魔術』より

レベッカは立ち振る舞いも含め、老貴婦人の名に相応しい女性だった。
後に悪名を残した判事の1人ホーソーンも、レベッカ・ナースが告発された際、『魔女審問』への自信が揺らいだとされる。はたして自分たちは正しい道を歩んでいるのか?――と。

だが彼女は逮捕され、審問に引き出された。彼女は戸惑いながらも、「潔白は神が証明して下さる」と信じ、法廷に立った。

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■レベッカ・ナースの裁判。
彼女の逮捕はセイラムの村に大きな影を落とした。
背後に立つ捕吏の持つ道具は捕縛用のもので、魔女の首にはめ込んで使用された。 老婆の手首を繋ぐ手錠が痛々しい。
画像出典:Freeland Carter 1893


だがいざ審問がはじまると、少女たちはやはりグロテスクな痙攣を見せ、レベッカ・ナースの生霊に苦しめられていると主張した。

そう非難されても、どうすることもできない。そしてレベッカ・ナースは当惑して両手を広げた。
すると少女たちもすぐさま両手を広げ、それからはレベッカの一挙手一投足そのすべてをマネした。

この光景は何とも不気味なものだった。

この哀れな魔女は高齢で、衰弱しつつ、それでも我慢強く、自分に何が求められているのか理解しようと、判事の言葉や被害娘の言葉に耳をすませていた。

だが聞くべき物などなにも無い。
簡易法廷の設けられた集会場には金切り声と、奇声と、騒音だけしか無かったからだ。

このレベッカ・ナースの逮捕は良くも悪くも転換点となる。
人々の胸に魔女騒ぎへの懐疑心を芽生えさせただけに留まらず、大規模な反対論まで引き起こした。

――レベッカが魔女というなら、この村に潔白な人間など居はしない。

ジョン・プロクターというタフな農場主は、レベッカを庇うため、被害娘の一人である自らの女中メアリ・ウォレン(20)を引き合いに出し、こう訴えた。

「少女たちをむち打って懲らしめなければ、俺たちはみんな、悪魔か魔女にされてしまうぞ!」
プロクターは実際に、女中のメアリ・ウォレンが痙攣発作を起こしたとき、「車輪に縛り付けて、鞭打つぞ!」と怒鳴った。
するとメアリ・ウォレンの発作はピタリと止んだのだ。
プロクターはこの事実から、この騒ぎが病気でも魔術でもなく、娘たちによるタチの悪い悪戯だと考えていた。つまり懐疑派だ。

かくして、大反対の声もあり、レベッカ・ナースは告発5人目にして初の無罪を言い渡された。

正義は果たされた、と良識派は胸をなで下ろしたし、次は自分かも知れないと考えていた者も、「本当に正しければ神に救われる」――と安堵したろう。

だが、ハッピーエンドは訪れなかった。

証人としてデリヴァランス・ホッブズという女性が牢から連れてこられた際、レベッカ・ナースが軽口を言った。

「あら、あの方を連れてきたの? あの人は私たちの仲間なのに
これが良くなかった。

この『仲間』というのは『無実であるのに収監されている者たち』という意味で、「魔女の疑惑を晴らすに魔女容疑者の手を借りるおつもり?」という上品なユーモアだったが、いささか皮肉が強すぎた。

「仲間、というのは魔女仲間に違いない!」判事たちはそのユーモアを額面通りに受け止めた。
結局、この一言がレベッカ・ナースを終わらせる一言になってしまい、レベッカも魔女の烙印を押される。口は災いの元である。

だがレベッカ・ナースは最後までレベッカ・ナースだった。
「私はあの子たちのために神に祈りましょう」
「でも私は心配なの。あの子たちが魔女だと叫んでいる人たちのことが本当に心配よ。その中には無実な人が、私と同じように無実な人が何人かいると信じるわ」

有罪となって以後も、そんな言葉を残している。尋問にきた者はそんな態度に心を深く打たれ、なにも答えることができなかったという。

だが彼女は死刑になった。

そして、これ以後、歯止めはきかなくなった。




エリザベス・プロクターの場合。
タフな農場主ジョン・プロクターの妻だ。
彼女はレベッカ・ナースを庇い、なんとか無罪を勝ち取ろうと奔走したが、それが良くなかった。『魔女の仲間は魔女』という事になる。




ジョン・プロクターの場合。
タフな農場主。
『魔女』と言うとその単語から女性のイメージが先行してしまうが、男性も魔女とされる。
堂々たる風采に豪放磊落な性格で、男の中の男と評される。

レベッカ・ナースの無罪を声高に叫んだが、そのせいで妻ともども『目を付けられた』。
実直なプロクターには、魔女狩りがおかしな方向に向かいつつあるように思われていた。そしてやはり声高に言う。

「魔女を捜したいなら、上品で敬虔な女性たちの中からではなく、あの狂ったような娘どもの中から探せ!」
そんな事は言ってはいけない。ただで済むわけがないのだから。




メアリ・イースティの場合。
タウンガールズ。58歳でレベッカ・ナース三姉妹の末の妹。優雅で良識と勇気があった。

アン・パトナムJr(12)は法廷に引き出されたメアリ・イースティを見るやいなや、金切り声で「あんたがあの生き霊よ!」と騒ぎ立てた。
呼応するように被害娘たちの首が、まるで折れたかのように曲がった。

だがメアリ・イースティ夫人の物静かで温和な物腰は、やはり魔女という存在とは縁遠い。
判事は審議が終わると、もう一度娘たちに会って、一人一人に「お前たちは確かにあの人が魔女だと思うのか」と聞かずにはいられなかった。

娘たちも確信が薄れたのか、後日、「最近はメアリ・イースティの生霊は自分たちのところには現れていない」と認め、メアリ・イースティは釈放された。

だが釈放されて2日後、被害娘たちの一人であるマーシー・ルイス(19)が苦悶にのたうち回り、昏睡に陥った。
これは、メアリ・イースティが魔女である証拠とされた。

娘たちのなかでマーシーだけがメアリ・イースティを無実だと言っていなかったからだ。

かくしてメアリ・イースティが緊急逮捕され、それと同時にマーシーの発作がおさまり「やはりな」と人々は思った。

メアリは刑が確定してから裁判所に以下のような訴えを出している。
裁判長様。私は自分の命を救ってもらうために、この手紙を書いているのではありません。と申しますのも私はこれから死刑になるのであり、私の死刑の日は既に定められているからです。
しかし、もし出来るならば、もうこれ以上無実の人の血は流さないで下さい。
メアリ・イースティの書簡 呪われたセイレムより

もちろん、この訴えは無視された。




サラ・クロイスの場合。
タウンガールズ。レベッカの妹。
教会での集会中、「ユダがキリストを裏切ったように、教会の敬虔なメンバー(註:レベッカのこと)であっても、悪魔の仲間が変装している場合がある」というパリス牧師の説教を聞き、ひどく気分を害した。そして椅子から立ち上がると、荒々しく扉を閉めて出て行った。
これは良くない態度だ。あの女も魔女じゃないか?

翌日告発された。




ドーカス・グッドの場合。
4歳になるサラ・グッドの娘。
元気の良い美貌の少女だったとされる。

この小さな魔女は、被害娘たちが自分の母にした仕打ちの報復に被害娘たちに噛みついた。
裁判では「わたしは魔女だぞ!」と自ら主張し、自分は使い魔として小さな蛇を飼っていると胸を張った。

ドーカスは自分の手には使い魔を使役している印があるとも主張する。どれどれと判事が調べてみるも、その印はノミに噛まれた痕にしか見えなかった。
とはいえ、「自分で言うんだから魔女なのだろう。母親のサラ・グッドも魔女だしね」ということで、関係者は幼女の告白を鵜呑みにし、ドーカスは収監された。




ジョージ・バローズの場合。
セイラム村の前牧師。
背が低くずんぐりした体型で、セイラム村に住んでいた頃、2人の妻殺しの噂をたてられていた。

事件当時は遠く離れたメーン州で牧師をしていたが、痙攣娘たちに告発され、セイラムからはるばるやってきた捕吏により食事中に捕らえられた。
逮捕時に天候が荒れ、大嵐となったため、これは「逮捕をまぬがれるために嵐を起こしたに違いない!」と糾弾された。

被害娘アン・パトナムJrなどが、「バローズ牧師に殺された2人の妻が、霊となって私の所にやってきた!」と主張。加えて「バローズ自身もやってきた! 『このガキ、ブッ●●すぞ!』って言われた!」と涙ながらに主張。

バローズの義理の兄グットマン・ラックも、バローズに不利な証言をする。
苺摘みに行った際、バローズが席を外している間に交わされた会話を、なぜかバローズが知っていた、と。

良くないのが、バローズは目立ちたがり屋で、トリックを使って『怪力男』を演じるのを趣味とし、人々によく見せつけていた。
そのトリックを口止めするために妻に書かせた証文が裁判に提出され、不利な証拠となる。




ブリジット・ビショップの場合。
村で居酒屋のような店を営んでおり、服装が派手なこともあり村人からは煙たい目で見られていた。
真面目な村で不真面目な酒場を経営していたのが良くなかった。

もともと評判の悪い女性ではあったが、被害娘以外にも数人が彼女の生き霊によって眠りを妨げられたと証言した結果、魔女容疑者の誰よりも早く『絞首刑の丘』のオークの木に吊された。




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■現在の『絞首刑の丘』
ここでその名の通りの絞首刑が行われた。
最初の頃は『魔女の丘』と呼ばれていたが、のちに『絞首刑の丘』と呼ばれるようになった。現在は整備されて観光向けの公園になっている。
画像出典:latinamerican studies.org


他の人たちの場合。
スザンナ・マーチン
油断ない目、辛辣な舌を評価されて魔女認定。
近隣で過去30年間に起こった不可思議な事件でいつも中心にいたとされる。日常的にフードとスカーフを着用し、事件以前から魔女と呼ばれていたので、むしろ騒がれるのを楽しむようになっていた。
これは実に良くない態度である。

法廷で豪快に大笑いし、それを咎められると「こんな馬鹿げた行為を見たら、笑うのは当たり前さ」
アビゲイル・ホッブズ
夜中に森の中をうろつきまわっていた。
人々を驚かせるのが好きなイタズラ娘で、母親の頭に水をかけて神聖な洗礼を茶化したり、「自分は身も心も悪魔に売り渡したから夜の森も怖くない」などと友人に話していた。このような態度も良くない。やはり告発される。

母親デリヴァランス・ホッブズは「あんな気の触れた人の母になるなんて、思ってもいなかった」と涙ながらに語る。

母親に見捨てられた不憫なアビゲイル・ホッブズは、それを気にする様子もなく『ティテュバの話を裏付けるサバトの話』を嬉々として法廷で証言した。被害娘たちはこのアビゲイル・ホッブズによる『アタシの魔女武勇伝』におとなしく耳を傾け、ただうなづいて、やがて積極的に彼女の話を支持した。

理解に苦しむが、この女は魔女視されるのを喜んでいたフシがある。

あまり好きな言葉ではないが、これは厨二病というやつだろう。思春期特有の自意識の病をこじらせていたに違いない。19歳とはいえもう少し精神的に大人になっていたら、結果は違っていたのかも知れない。が、こうなってはもう手遅れだ。魔女武勇伝など、実に良くない話だからだ。

ちなみに、このアビゲイル・ホッブズ(19)と被害娘の一人であるアビゲイル・ウイリアムス(11)を混同して、アビゲイル(11)を悪戯娘とする表記がライトな資料に散見されるが、これは誤り。別人である。

ジャイルズ・コーリー
マーサ・コーリーの80歳になる夫。

ジョン・オールデン船長
1620年メイフラワー号で最初に渡航してきた由緒ある家系。タフガイ。
ティテュバの自白に出てくる『背の高いボストンの人』とされる。

娘たちは「船長の生き霊が私のところに来た!」とタフガイ船長を告発したモノの、いざ本人と会ってみると、立ち並んだ数人の男たちの中で誰がオールデンかわからず、違う男をオールデンだと指さした。

「あん?」とオールデン船長がいかにもタフガイらしく被害娘たちを睨み付けると、被害娘たちは発狂し、痙攣しはじめる。
そこでオールデン船長は判事に向き、言った。

「小娘たちは倒れたのに、アンタはなんで倒れないんだ?」
タフガイである。
そしてさらに言う。
「俺も神の威光に伏そう。だが悪魔なんぞを喜ばせたくはない。言うようだがね、神がこんな奴らに魔女を告発させるとは思えない」
タフガイとはいえ、こんな事を言ってはいけない。
船長はやはり有罪となり、収監される。
が、機転の利くオールデン船長は、見張りに賄賂を握らせて村から逃亡した。やはりタフガイである。

そうして騒ぎが収まるまで身を隠し、難を逃れた。




他、エリザベス・ハウ、サラ・ワイルドなど多数、項が長くなるので割愛。

どうだろうか。
ここまでの流れを見て、諸兄諸姉らは思ったのではないだろうか。

「少女たちを鞭打って懲らしめろ! 魔女はこいつらだ!」と。

だが、そんな事を誰も言えなくなっていた。そんな事を言ってはいけない。

魔女裁判に懐疑的、あるいは少女たちに批判的な立場を表明すれば、次は自分が告発されるのだ。

そして告発されれば、助かる見込みはゼロに等しい。

こうなる以前、村には自制があった。秩序もあった。
だがレベッカ・ナース以降、村には恐怖しか残っていなかった。

次ページでは、なぜこうなったのか、本当は何があったのか――事件の裏側、その真相に光を当ててみよう。

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