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  • オカクロ特捜部

    特捜部員
    松閣オルタ

    以上1名

    UFOの飛ばない空に、なんとなくUFOを探していたいアラサー番長。 怖い話は怖くて苦手なので、あまり怖くないオカルト事件や出来事を調査研究。

    でも本当はUFOやUMAを探すより、お嫁さんを探したいです。
    ↓告知&次回予告はtwitterにて。

坪野鉱泉肝試し失踪事件――消えた2人と消えた真実

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心霊スポットに行ったきり2度と戻らなかった――。怪談話のテンプレートとも言える話の流れ。それを地で行く事件があった。
若い女性が2人、有名な廃墟へ肝試しへ行き、消えた。車ごと忽然と、跡形もなく。
恐怖の都市伝説となった失踪事件。まとわりついた誇張やデマ、その誤ったヴェールの向こうに何が隠れているのか。


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好奇心は猫をころすか

1996年5月5日21時頃。
富山県氷見市に住んでいた19歳の少女二人が家族に「肝試しに行く」と告げ、車で出かけたきり消息を絶った。

彼女たちが向かったのは魚津市にある温泉旅館廃墟ホテル坪野跡、通称『坪野鉱泉』だった。
深夜になって、彼女たちから友人に向けて発信された「いま魚津市にいる」というポケベルのメッセージが彼女たちが発した最後の足取りとなった。

目撃証言も残っている。
同日5月5日22時頃、2人の乗った車が国道8号線(富山市と滑川市の市境あたり)を魚津方面へ向かって走っているのが確認されている。
この目撃の後、魚津入りした2人はポケベルで「いま魚津市にいる」と送ったモノと思われる。

2人は氷見市の某県立高校の同級生で、卒業後も仲が良く、当時A子さんは会社員、車の所有者であるB子さんはスーパー店員だった。
大規模な捜索が行われるも成果が上がらないまま10ヶ月が経過した1997年3月、彼女たちが満20才を迎えたことから警察は署内限定で尋ね人として彼女らの特徴を記したパンフレットを作成し、準公開捜査に踏み切った。

だが、それでも有力な情報は得られず、いまだに彼女たちは見つかっていない。

坪野鉱泉はこの事件が起こる以前も週刊誌などで取りあげられ、地元では有名な心霊スポットであったらしい。

廃墟になった経緯としては、坪野鉱泉ホテル坪野は1984年頃に倒産しオーナーは行方不明になった。倒産直後の1980年代後半には坪野付近でスキー場建設などのリゾート開発計画もありホテル坪野の再利用価値もあったが、平成バブルの崩壊とともに開発計画は頓挫し、それに平行してホテル坪野跡の利用価値も無くなった。

1990年11月、富山市内の会社経営者が3500万円で落札するも、山奥という立地もあってやはり『心霊スポット』として以上の利用価値はなく
現在も野ざらしの状態が続いている。

水は低きに流れる。多くの廃墟のなかにあってホテル坪野も例外ではなく、自然な流れで暴走族などの反社会勢力の集会場となった。もちろん心霊マニアや廃墟マニアもいまだに引き寄せられている。

そしてこの事件はその内容から抽出される『肝試し』『廃墟』『心霊スポット』『行方不明』『実話』という神秘的なキーワードをエンジンに、様々なデマや噂を燃料にして加速――伝説化していった。

廃墟マニアは失踪事件の夢を見るか

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県道67号から見た坪野鉱泉
◎坪野鉱泉から無事帰るための条件。
―自分の車で行ってはいけない。
―白い車で行ってはいけない。
―ドアを開けるときは気をつける。
―1人になってはいけない。
―自分の名前等の情報を言ってはいけない。
―帰ってからお祓いを受けた方が良い。

今の時代、頑固者が握る寿司屋でもこれほど多くは望まない。
画像元Wikipedia



多くの心霊スポット紹介サイトあるいは廃墟紹介サイトで『富山といえばやっぱり神隠しホテル坪野鉱泉だね!』とされるほど坪野鉱泉は人気が高い。

アクセスしやすい、侵入しやすいという理由もあろうが、やはり『実話』の下敷きによる話題性が高いためだろう。言い方は悪いが『キャッチー』なのだと思う。
幽霊がでる、ヤクザにさらわれる、オーナーが首つり、プールで亡くなった子供の霊――。恐怖を煽る素材には事欠かない。

そしてキャッチーである事ばかりが着目され、失踪事件そのものにはあまり関心が持たれない。

富山の地方掲示板のログ数年分に目を通してみたが、魚津ないし氷見市民による「失踪事件自体がデマ」「事件は無かった」「二人は次の日帰ってきた」という書き込みさえあった。これは尾ひれはひれの付きがちな心霊スポットの逸話に対する懐疑精神が働いたモノかと思われるが、端からデマだと決めてかかるのも健全な態度とは言えない。

とはいえ、wikipediaでも真偽をめぐっての小さな論争があったのが興味深い。
2008年頃の坪野鉱泉の項では、ノートで以下のようなやりとりが見られた。

「事件当日から前後一ヶ月の新聞記事を探したが失踪事件のソースが見つからないよ」
「これは事実ではない」
「おい。心霊サイト以外に出典がないぞ」
「生霊に襲われた! とか意味不明なことwikipediaに書くな」
「帰った後お祓いを受けた方が良い とか意味不明なことwikipediaに書くな」
「山道で熊が横切ったとか書いたの誰だよ。関係なくね?」
「てか失踪事件の項目、まるごと削除してよくね?」


上記の「新聞記事が見つからなかったよ」に関して言えば、たしかに見つからない。だが事件から一年経った1997年、読売新聞地方版で『少女不明から1年』と題して5月4日と5日に上下に分けて2回特集されている。4年後には北日本新聞でも取りあげられた。
失踪直後の新聞ソースが見つからない事は奇妙だが、プライバシーへの配慮か、あるいは未成年保護の観点から閲覧制限がかけられたのではないかと考えるべきだろう。

『肝試しで行方不明』という事案に対し、「どうせすぐ見つかるだろう」あるいは「どうせ若い子にありがちな家出だろう。そのうち戻るさ。騒いでも仕方ない」という予断もあったのかも知れない。マスコミによる自粛もあった可能性もあるが、当時の記事が見あたらない件に関してはオカルトクロニクル特捜部も首をひねるしかない。事情に通じた方がおられましたら、こっそり教えていただきたい。

では新聞から得られた情報をもとに事件を流れを見てみよう。




5月5日以前
二人は新湊市(→合併し現在は射水市)にある若者のたまり場『海王丸パーク』で知り合った友人から、ホテル坪野跡地が肝試しスポットになっていることを知らされる。
時期は不明だが、失踪事件が発生する5月5日以前にも、二人で同ホテル跡を訪れた。

5月5日(時刻不明)
Bさんが勤め先のスーパーで懐中電灯用の乾電池を購入。
その際に同店のアルバイト店員に対し「今夜、肝試しに行こう」と誘うも、断られる。
その後、Aさんに電話。

5月5日 21時
北日本新聞によれば「魚津のお化け屋敷に行く」と家族に告げ、氷見市の家を出た。

5月5日 21時~22時
海王丸パークに立ち寄り友人に会う。

5月5日 22時過ぎ
富山市と滑川市の市境である上市川付近。国道8号線に乗って、魚津方面へ走って行くBさんの車が目撃される。

5月5日 22時以降(おそらく23時ごろ)
ポケベルにて友人に「いま魚津にいる」と連絡

以降不明――。




時系列を書くだけでは不案内なので、地図を作成。

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車での移動距離を元に時系列と照らし合わせても、彼女たちの行動と目撃時間に矛盾はない。
ちなみに得られた様々な情報から推測し、出発地を氷見市有磯としたが間違ってるかも知れないので時間はおおむねです。

総走行距離にして約65kmほど。移動に要した時間は1時間半ほどと推定される。彼女たちは5月5日以前にも坪野鉱泉へ足を運んでおり、道に迷ったとは考えにくく、おそらく推定時間が大きく外れていることはないだろう。

きっと予定通りに魚津へ入り、そして、彼女たちは車もろとも消えた。

もちろん目的地であった坪野鉱泉まで辿り着いたかどうかも定かではない。

残されたメッセージから魚津までは辿り着いていたと思われるが、「ポケベルを打ったのも果たして彼女たちだったのか」といささか恐ろしい事を言う人もいる。

彼女たちが消えたことで、警察はかなり大規模な捜索を行っている。
以下富山読売より抜粋

県警は1996年6月下旬と11月下旬の2度に渡って、魚津市の国道8号線から同廃墟に向かうルートを4つに分け、県警ヘリと山岳警備隊を動員して車が転落しそうな地点を徹底捜索した。中には険しい山道もあることから、崖では警官が谷底までロープを用いて降りるなどの危険な捜索活動も行われた。車が発見されていないことから谷底や湖、海などへ転落した可能性が高いと見られている。一方で、事件に巻き込まれた可能性も視野に、事件事故の両面から捜査が行われた。家族から家出人届けを受けた氷見署は、二人の友人関係や家に残っていた所持品を調べるとともに、十数人の男友達にも事情聴取を行った。

――(中略)――

二人の特徴はA子さんが身長154センチ、左利きで八重歯、鼻の横に水疱瘡跡がある。当日の服装は白いブラウス、黒字に白の縦じまのミニスカート、黒のカジュアルシューズだった。

B子さんは身長167センチ、黒のTシャツにうぐいす色の綿パン、黒の革靴で、茶髪に染めていた。
二人の乗っていたB子さんの車は九五年式スバルVIVIOの黒、ナンバーは「富山50 そ 14―02」。

谷底まで捜索して見つからないというのは、まさしく煙の如くに消えたと言うことになる。

スバル ヴィヴィオ 1993年6月(平成5年6月) 発売モデル

スバル ヴィヴィオ 1993年6月 発売モデル。デビュー当初のキャッチフレーズは「SIMPLE RICH(シンプルリッチ)」だったそうだ。



この失踪事件を見る上でポイントとなるのが、未発見のスバル・ヴィヴィオだろう。
ネットでは「車は魚津港で見つかった」とする情報が散見されたがこれは事実ではない。車は2015年になった現在でも発見されていない。

こうなってくると、事故よりもなんらかの事件に巻き込まれたと考えるのが誠実な推理と言うモノだろう。
必ずしも家出の可能性が消えたわけではないが、車が見つからないというのはなんとも不可解なこと。家出し、乗り続けるにしても車検で所在が発覚するであろうし、処分するにしても正規のルートではやはり足がつく。ナンバープレートを外して遺棄しても、発見されれば車台番号から照会される。

二人と車は、果たしてどこへ行ったのか。

飛語流れて、デマ躍る

ここで、彼女たちの失踪の真相だと囁かれる諸説を上げてゆきたい。

彼女たちはヤンキーにさらわれたのだよ説


噂程度でもこの失踪事件を知っている者の多くが考えているであろう説だ。富山読売の記者も遠回しに「暴走族ちゃうっすかね」とこの説を推している。
たしかに坪野鉱泉は週末になると、暴走族だのヤクザものだのが近隣県からも集まってくる『リアル恐怖スポット』ではある。
そして、この事件が発生する以前からそう言った傾向はあった。

おそらく多くの人たちが思い浮かべるストーリーは以下のようなものだろう。

二人が坪野鉱泉へ辿り着き、そこでヤンキー群と遭遇。
ヤンキー群はやはりヤンキーであるからして、いかにもヤンキーらしく彼女たちにちょっかいを出す。
それが暴行事件に発展。
発覚を恐れたヤンキー群が彼女たちを殺害。
ヤンキー群は何事もなかったかのように、坪野を去る。


多少の違いはあれど、大体このような感じではないだろうか。
そしてネット上には似たような情報が転がっている。

以下転載。




810 名前: 無 投稿日: 2001/03/10(土) 18:30
>>798
富山県での話ですね。
その事件についての話を聞いた事があります。以前にもこの板で何度か出ていますが
今回初めて書こうと思います。本題に入る前に書いておきますが、話をした男と私は
その時酔っていましたので、事実とは限りませんし、私も会話の内容をすべて覚えていません。
いいかげんで文章力も無いですが、よろしくお願いします。

1997年の夏の終わりだったと思います、私の地元(金沢の外れ)に小さなスナックがあり
そこでバイトしていた女の子とその事件について話をしていました、
私の他には3人客がいて、カウンターに私ともう一人の客、BOXに一人の客がいた
結構大きな声で話していたのか店が小さい事もあり、会話はBOXでも聞こえてたみたい、
BOXに付いていた女の子が私の所に来て、あっちのお客さんが呼んでるよって言われて、
BOXに座っている男を初めて見ました、20代後半のちょっと怖そうなお兄さんが手招きしています。

812 名前: 無 投稿日: 2001/03/10(土) 18:47
下げて書きます。
続き
うるせぇとか言われて殴られるのではないかとマジでビビリました。
でも無視するのも怖いので仕方なくBOXに座りました、女の子も座ろうとしたんですが
その男はあっち行っとけと言って追い返し、私とその男だけがBOXに座ってました。
しばらく何も言わずにタバコを吸いながら私を睨んでいたその男は一本吸い終わる頃にようやく話し出しました。
(すみませんすっげー前置き長いですね)
「なんやあんちゃん、ほんなに怖い話好きなんか、さっき話とった坪のの話聞かしたるわ、
絶対に人には言うなよ、言うたらお前殺すぞ」って脅されましたつつも
その事件について興味があったので、はいと答えました。
A子さんとB子さんは坪の鉱泉へ行く予定でしたが、二人だけで行くのが
怖くなった為か、海王丸パーク(ナンパスポット)で一緒に行ってくれる
人を探していたそうです。
続く

813 名前: 無 投稿日: 2001/03/10(土) 18:56
続き
海洋丸パークに来ていた男とその友人はA子さんとB子さんの誘いに乗り
A子さんの車に男の友人、男の車にB子さんが乗車し坪の鉱泉に向かったようです。
途中A子さんは男の携帯電話からA子さんの友人のポケベルに「今から坪のに行く」と
入れたそうです。しかし男とその友人は「ふたがみ山」に仲間を呼び出しておいて
坪のへ行く振りをしながら先導していた男の車で「ふたがみ山」へ入ったようです。

815 名前: 無 投稿日: 2001/03/10(土) 19:23
あらら途中でリターン押しちゃった。続きね
「ふたがみ山」の今は取り壊されちゃった健康病院跡地(ここも心霊スポット)
に3人の仲間を呼び出していた男は目でGOサインを出し、それぞれ車の中で強姦したそうです、
泣き叫びながら抵抗するA子さんとB子さんを取り押さえ殴る等の暴行を加えながら
全員で犯したそうです、事が終わった後A子さんは「絶対に許さない警察に言う」
と男達を脅し、そこでビビった一人がA子さんの首を締めて殺害、続いて目撃者のB子さんも首を
締めて殺害したそうです。死体は「ふたがみ山」のマンホールに入れたと聞きました。
A子さんの車は指紋をふき取り「ふたがみ山」だったか「坪の」に置いてきたそうです。
その後、後から来た3人のうち一人は自殺、一人は精神異常が出て病院行き、もう一人は行方不明
になったようです。(殺害、死体遺棄しといて当然だと思います)
男が言うには、車を運転出来なくなってしまった、何故ならバックミラーを見る度に
後ろにあのA子の車が着いて来るからだそうです。
男は富山の人間ですが、誰にも言わず各地を転々としているそうです(行方不明じゃん)
私に誰にも言うなよと何度も注意していましたが、酔った上での戯言もしくは五月蝿い私を
黙らせる為の作り話かも知れません。
ただ私は今でも「ふたがみ山」のマンホールの下には死体があるのかと思うと、
可愛そうに思います。おしまい。

816 名前: 無 投稿日: 2001/03/10(土) 19:35
事件はホントにあったんだよ。当時の新聞にも載ってたし、地元人ならみんな
知ってるよ。ただね私が聞いた話は誰も知らない、約束守ってた訳じゃないけど、
なんとなく封印してました。で今日から車を運転している時にふとバックミラーに
目をやると…てな事にならなきゃいいんだけどね。
心霊より生きてる人間の方が怖いと思う今日この頃。




以上は2001年の2ちゃんねるのものだ。ハッキリ言って、デマである。

いや、デマと言い切って良かったのか、すこしばかり不安になるが、少なくとも車の処理のくだりが雑すぎる。このような処理ではすぐに発見されていていいはずだ。
関係者の自殺、精神異常、行方不明とどこかで聞いたようなオチもついてるし……どうもね。真偽は不明だが、信憑性は薄い。

これは枝分かれのあるヤンキー犯人説全てに言えることだが、やはりヤンキー群では車の処理問題が難しい。
周辺は綿密かつ広範囲に渡って捜索が行われており、なんの痕跡も残さず車を処分するというのは簡単なことではない。ダムや湖に車を沈めるとしても、すんなり水辺まで到達でき、なおかつ痕跡を残さず沈める事ができる場所はそう多くない。
もっと言えば、ヤンキー群にとって、隠すべき事実は『自分たちがやった』という事実だけでよく、車まで丁寧に隠蔽する必要があるとは思えない。

ヤクザの資金力、人脈ならあるいは――であるが、なぜヤクザが山奥の廃墟でなんの集会をする必要があるのか、裏社会の知見に乏しいオカクロ特捜部にはよくわからない。
『死体隠蔽とか、見られてはいけない犯罪行為を……』という反論もあるかも知れないが、そもそも人が集まる人気スポットで『見られてはいけない犯罪行為』をするのだろうか。
ちなみに『暴力団が建物を買い取った』とする話があるが、やはりそれもデマであった。

彼女たちには許されぬ禁断の愛があり、全てのしがらみを捨てて新たな人生を歩むためるために家出したんだよ説


長い。
同性愛はともかく、家出説は可能性として充分にあり得る。
本人たちに確固たる雲隠れの意志があれば、痕跡を残さず消えることも可能かと思われる。『肝試しに行く』というのも偽装工作で、彼女たちは8号線をそのまま北へ……。そして別の人生を……。

だがやはり、完全に失踪するとなると、資金や住処、新たな仕事や身分証の用意も必要となろうし、どうなのかなと。
少なくとも同性愛に関してはデマだろう。

幽霊に憑かれて異世界に連れて行かれたに違いない説



やはり、肝試しということで、真打ちということになるのか。

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■諸兄らの溜飲も下がるだろうシリーズ。

こんな幽霊に出会えるなら、諸兄らも失踪のリスクなどかえりみず、我先にと心霊スポットへ駆け込むはずだ。
写真協力:ゆりさん



実際、坪野鉱泉には『プールで死んだ子供』だの
部屋で首を吊ったオーナー』だの
ボイラー室で焼身自殺したオーナー』だの
飛び降り自殺したオーナー』だの様々な幽霊の噂がある。

諸兄らは思うのでしょうね
「なんだよ! いったいオーナー何人いるんだよ! ほんで死にすぎ!」
と。わかります、とにかくオーナー死にすぎ。

もちろん実際にはオーナーは首つりも焼身も投身もしていない――が、失踪は事実である。ホテル坪野が経営破綻したあとに行方不明となっている。
なぜこれほどまでに様々な手法でオーナーが自殺したことになっているのかは謎である。噂とは業の深いものですね。

そして坪野鉱泉に関して、心霊サイトで必ずと言って良いほど触れられる『ハク付け』がある。
それは『あの宜保愛子が立ち入ることを拒んだ物件』だ。

故宜保先生といえば、その温厚穏和な人柄で霊能者の中でも人気が高く、80年代から90年代初頭には様々なメディアに引っ張りだこだった。故大島渚監督や北野武監督もファンであり、その実力も折り紙付きだとされていた。

懐疑派な諸兄たちは「ああロンドン塔の宜保愛子ね」などと口角を歪めそうであるが、それはまた別項で触れたいと思う。

ともかく、その最強の霊能力者愛子せんせいが「マヂもう無理。。」となったなら、やっぱり坪野鉱泉はS級の心霊スポットだぜ! となるのだが、どうもコレもあやしい。
語られるのは『ギボ・ギブアップ』という部分だけで、番組名や放送日時、および内容などのソースが存在しない。「その番組見たよ」という声すらない。おそらくデマである。デマ・ギボ・ギブアップである。

宇宙人によるアブダクトもなくはない説


荒唐無稽かと思われるかも知れないが、一応可能性として挙げておく。

能登半島でちょうど氷見市の背中にあたる隣には『そうはちぼん伝説』で(一部のコアな)諸兄に大人気の羽咋市がある。
UFO町おこしで(コアな)諸兄をメロメロにした、あの羽咋市。
UFO宇宙科学博物館コスモアイル羽咋で宇宙人の死体人形を展示している あの羽咋市。
UFO巻き寿司やUFOお好み焼き、UFOカレーで有名な羽咋市だ。

UFO伝説のメッカが近い以上、UFO関連でなにかあってもおかしくはない。

ちなみにどうでもいい話だが、B級オカルトスポットであるモーゼの墓を擁する宝達志水町も氷見市から近い。

北朝鮮工作員による拉致説


地元で事件発生当初からまことしやかに囁かれていたという説。
そして調べを進めたオカクロ特捜班(総員1名)は、これが真相であったのではないかと考えるようになった。

「なんだよ! また拉致かよ! 別に拉致問題を軽視するワケじゃないけど、こういうオカルト話で北朝鮮による拉致っていわれたら、なんかゲンナリするんだよ!」
と内心に憤慨する諸兄もおられるかも知れないが、わかります。オカルト・クロニクルとしても別に拉致問題を軽視するワケじゃないですが、こういうので北朝鮮による拉致っていわれたら、なんだかゲンナリします。

おそらく、この失踪事件――神隠し的ともいえる事案の持つ、神秘性やファンタジーが失われてしまう感覚があるがゆえ、『拉致』で納得したくないのかも知れない。不謹慎ではあるが。

しかし、どうもこの件に関してはかなり真に迫った説ではないかと思う。
次節で調べを進めてみよう。

誰が言ったか大町ルート

大町ルートと呼ばれる道をご存じだろうか。
千葉県は海上町から

東京

山梨甲府

長野・大町

富山・新潟へと抜ける物流ルートがそうだ。
北朝鮮拉致問題に造詣が深い方には馴染みが深い道筋である。

海上町/旭市/飯岡は水飴、砂鉄の地場産業が盛んで、在日朝鮮人も多数従事していた。そこで作られた生産物が東京都内を抜け国道20号線沿いに長野県大町に至り、新潟、糸魚川の日本海沿岸運ばれ、はるばる北朝鮮へと輸出されていた。

そしてこの大町ルート沿いで拉致事件が頻発している事実が指摘される。
以下は特定失踪者問題調査会の運営するHP電脳補完録さんからの画像。
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なるほど多い。
オカクロは無知なモノで、「北朝鮮拉致いうたら、日本海沿岸だけじゃろ?」などと呑気に考えていたが、そんな事はないらしい。平和ボケだ。
記述によると、調査会のリストにある約420名の失踪者のうち120名が大町ルート絡みで拉致されたのではないかと推測されている。

そして、今回取りあげている坪野鉱泉肝試し失踪事件も大町ルートに近接している。

では、そもそも何故一般人を拉致するのか。しかも、特定個人を狙うのではなく偶発的に。
これについて、言えば、『誰でも良かった』が回答となる。日本に侵入した北朝鮮の工作員は、『ちゃんと日本に侵入し、工作を行ってきた』という証明として、日本人を拉致してくるよう指示がでていた。つまり拉致した人物が何者であるかは問題でなく、拉致自体が目的であったそうだ。

今のご時世にこんな事を書くと「ヘイトスピーチだ!」との吊し上げを受けてしまいそうだが、あえて書かせてもらうと、一連の拉致事件に関して日本国内に住んでいた在日朝鮮人の方々が少なからず荷担していた。
彼らは『土台人』と呼ばれ、本国北朝鮮からやってきた工作員のサポートを行っていた。これには朝鮮総連の所有する建物や、本部そのものも使われていた。

これらは工作員の告白や国内で起こった事件でも確認できる事実であるので、ヘイトでもなんでもない。
『北朝鮮の諜報機関は土台人を選定して接近し、その親族らの身の安全と引き替えに工作任務を強要する』とされているので、在日コリアンの人も一面では被害者だったと言えるかも知れない。あくまでも、一面では。

と、オカクロ特捜部も色々調べを進めていたが、どうも拉致というのに実感が伴わない。現実感が薄いというか、テレビ中の出来事というか、どうも印象があやふやだった。
そこで眼にしたのが以下の事件だ。富山県民話財団のHPにあったモノを多少省略させていただいた。




1978年8月15日
当時28歳の工員Yさんと婚約者で当時21歳のHさんは高岡市(氷見市と海王丸パークのある射水市の間にある市)太田の海岸へ海水浴に行った。
二人が泳いでいたのは海水浴場の中心から離れた場所で人気は少ない。海岸沿いを走る国鉄氷見線の線路脇には数軒の民家があるが、松の防風林で砂浜から隔てられていた。

見れば防風林の脇にある道路付近には海水浴をするでもなくただ海を眺めているだけの男達が6人程いた。
彼らは揃って白い半袖シャツにステテコ姿だったが、奇妙なことに履き物は、サンダルなどではなくズックだった。近くに泊まっている団体客が夕涼みにきているのかとHさんは思ったが、Yさんは違う印象を持った。

「どうも目つきがおかしい。注意する必要がある」

2人は午後6時半、帰り仕度のため防風林の脇に停めてあった自家用車まで歩いた。
そして車のドアを開けようとした瞬間、6人の男(警察発表及び当時の新聞報道では四人となっているが、Hさんは週刊朝日の記者に対し「確かに六人程いた」と答えている)が横一列になって接近してくるのに気づいた。
ただならぬ危険を察した2人は、浜辺を走って逃げたが、6人の男達は二手に分かれて襲いかかってきた。Hさんは砂をかける等の抵抗をした。

すると一人の男が、「静かにしなさい」 と言った。

言葉はぎこちなく、静かにしろという命令調ではなかった。
Hさんはタオルで猿ぐつわをされ手足を縛られ頭から布袋をかぶせられた。

Yさんも相当抵抗したが、3人を相手にしていては婚約者を守るどころではなく押さえつけられて後ろ手に手錠をかけられた。
器具の猿ぐつわをかまされた後、足も縛られて布袋に入れられた。

男達は2人を現場から数10メートル離れた防風林に運び込み、布袋の上にカモフラージュのため松の枝をかぶせた。男達は何かを話していたが、犬が吠えるのを聞いて会話を止めた。

Hさんは必死になって縛られた手で足の紐を解き布袋から抜け出した。
誰かが犬の散歩にきたんだろうと察知し、第三者がいる前では追いかけて来ないと判断したHさんは松林を抜け灯りが灯る民家に助けを求めた。
Hさんは必死に訴えた。

その家の主である当時60歳だったMさんはその年の3月に高岡署を退職したばかりの刑事でHさんの紐を解きながら紐の縛り方を頭に入れた。

MさんはHさんを落ち着かせた後、婚約者の名前を大声で呼ばせた。
Hさんは数回、闇に向かって婚約者の名前を呼んだ。すると「おーい」というYさんの返事が聞こえた。YさんもMさん宅から約200m離れた当時64歳だったTさん宅に駆け込んでいた。Tさんは次のように語っている。

「もう暗くなった午後七時過ぎでした。風呂場の戸を叩いて何か言っている声が聞こえたが、酔っぱらいかと思い暫くは黙っていた。あまりにも強く叩くので戸を開けて見ると袋をかぶせられた人がいてびっくりした。直ぐに息子と娘婿を呼び袋から出し紐を解いてやった」

Yさんは男達の声がしなくなると布袋に開けられた空気穴から見える灯りを目標に袋詰めのまま兎飛びで現場から逃走しTさん宅に助けを求めた。その姿はオバケのQ太郎そっくりだったと言う。現場で発見された遺留品はタオルを除いて製造場所や販売ルートが不明な外国製と判明した。

1、猿ぐつわは直径13,5cm、長さ19cm、ゴム製で筒をくりぬいた形をしており口に当たる部分には呼吸が可能な穴があり両耳も塞げるようになっていた。日本ゴム協会の調べでゴムは日本製ではなく輸入された外国製でもなかった。接着部分から手製のものと判断された。

2、手錠は粗悪な金属製だが、おもちゃではなく精巧な本物

3、布袋はナイロン製で長さ177cm、幅78cmのモスグリーン色

4、紐は長さ197cm、幅8cmで柔道の黒帯に似ているが、国産でも輸入品でもなかった。

5、タオルのうち一本は大阪で製造され、もう一本は富山県内で販売されたものだった。


露骨に――拉致未遂事件である。コレを読んで、ようやくリアリティが感じられた。
もちろん工員Yさんと婚約者Hさんには、拉致されるような覚えのない、一般市民である。

上記のケースを坪野鉱泉の失踪とを重ねてみると、いかにもリアリティがある話になる。

この項を書くに当たって、大変参考にさせていただいた富山県民話財団の管理者の方は以下のように書いている。

ところで、ホテル坪野のトイレには1992~1994年にかけての新聞が大量に棄てられている(他の年のものもあったかもしれない)。これは一体、誰が棄てていったのだろう。私は90年代半ばに北朝鮮の工作員が坪野鉱泉で暮らしていた痕跡なのではないかと考えている。富山県で浮浪者を見ることは稀であるし、新聞好きの珍走団がいたとか、肝試し目的の来訪者がわざわざ持ってきて棄てたなどと考えるのは無理があるからである。

なにこれこわい

海王丸パークのある射水市では谷ヶ崎清一さんが1984年に車ごと失踪し、やはり車ごと見つかっていない。

地図大好きなオカルト・クロニクルはここで怖さを紛らわせようと、再び地図の作成に没頭した。

北朝鮮による犯行が濃厚とされる『特定失踪者』は青背景。
赤背景が発覚した北朝鮮絡みの事件である。

事例が多すぎてなんだかゴチャゴチャしているが、坪野鉱泉の位置だけ把握してもらえればいいかなと。(クリックで拡大)

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なにこれこわい

他意なく解りやすく配置したつもりだが、とにかく事例が多い。

朝鮮総連の支部もポイントしようかなと思ったのだが、ニイカワ支部とコホク支部の住所がどこにも書かれておらず断念した。ニイカワ支部に関しては赤背景の『北朝鮮工作員侵入ポイント』である新川河口周辺にはあると思われる。

ちなみに水上スクーター発見現場というのは、2001年、黒部川河口で北朝鮮工作員の上陸浸透用水中スクーターが発見された事件をさす。発見された水上スクーターは付近の植生から1998年11月下旬から翌年4月頃の間に埋められたものとされている。そして発見場所はこれまた『わが朝鮮総聯の罪と罰』で触れられた侵入ポイント付近だ。

「なんだよ! なんだか北朝鮮が限りなく怪しいのはなんとなく把握したけど、結局、消えた車の話はどうなったんだよ!」
と憤慨の諸兄もおられるかも知れない。

コレに関して、上記の富山県民話財団は『処分するノウハウがあったのではないか』と推理している。
土台人である在日朝鮮人が経営する板金工場、あるいはカーショップまで運転して行き、パーツを分け、車体はプレスに。
それらを工業部品だと偽り、ほとんど船倉のチェックがされていなかった万景峰号(マンギョンボンごう。2006年頃に騒ぎになった)に乗せて北朝鮮へ。あるいは工作船に乗せて北朝鮮へ。あるいは鉄くずにして投棄。

ヤクザやヤンキー群、そして幽霊たちと比較すれば、格段容易に『完全な車の消失』を成すことが出来るのは確かだろう。
失踪した彼女たちの他にも車ごと消えた拉致被害者もおり、ある程度のノウハウがあっても不思議ではない。

風化と劣化と沈黙と

Mangyongbong-92

停泊する万景峰号92 引用: この船にまつわる疑惑としては、元北朝鮮工作員の証言から輸出規制品の密輸、外為法違反の大量の現金持ち出し、日本で活動する北朝鮮工作員の連絡活動、北朝鮮工作船の支援などがある。
万景峰号を利用してコンピュータ部品やステンレス材などのミサイル部品、あるいはミサイルの加工機械など禁制品の違法の持ち出し、覚醒剤の持ち込み、偽造通貨の持ち込み、外為法に違反しての現金(円)の持ち出しなどがされてきたとされる。
画像及び文章:Wikipedia



はばかりながら言わせていただけば、オカルト・クロニクルは坪野鉱泉肝試し失踪事件は北朝鮮拉致案件であるという立場を取らせていただきます。
そう考えるのが一番誠実だと思うからです。

そして彼女たちに拉致の可能性があるなら、特定失踪者リストに入っているはず……!
と考えて、オカクロ特捜部は特定失踪者リスト400人分を入手した。
が、そこに彼女たちは含まれていなかった。

拉致濃厚の失踪者、拉致の疑いが捨てきれない失踪者、そのいずれにも含まれていない。そして、富山県県警の『拉致の可能性を排除できない事案に係る方々』にも含まれていない。

これは奇妙なことだ。
AさんとBさん、二人の家族の方が二人は北朝鮮による拉致と考えておられず、沈黙したままだからだろうか。付近であれだけの数の拉致事件が起こっていながら、その可能性に目を向けないワケもなかろうし……。

よくわからない。何かしらの力が働いて……? と陰謀論にまで考えが及んでしまう。

いつの日か、特定失踪者リストに氷見市の二人が加えられれば「やはりか」と溜飲も下がろうモノだが、ここまで加えられなかった事を考えるとその望みも薄そうだ。

余談であるが、この事件を調べていて、少し怖かった出来事があった。
この記事を書くに当たって、富山県民話財団のHPを参考にさせていただいたと先述したが、このページを見つけて3日後に該当ページが削除された。そして富山県民話財団は閉鎖されている。偶然とはわかっているつもりであるが……ねぇ。
すこし怖かったです。
『北朝鮮犯行説』に深く首を突っ込まれた管理者の方が……。などと陰謀論にまで考えが及んでしまう。
※加筆2015.5.1※
富山民話財団さん2015年5月1日、サイト復活確認。坪野鉱泉の事件について追加の取材と加筆しておられます。この失踪事件の情報をコメント欄で募っておられるので情報をお持ちの方は是非。


そして、オーナーの失踪も……ねぇ。
実際には借金まみれになって夜逃げしただけなのだろうが、『工作員が坪野鉱泉で密かに寝泊まりしてたんじゃねぇの?』と富山県民話財団さんも書いておられたので、もしかしたら、オーナーは……と陰謀論にまで考えが及んでしまう。

ちなみに富山市に住む現在のオーナーもこの物件を持てあましているようで、1996年8月、坪野地区の34世帯の住人からの「なんとかしろよ!」との突きあげを食らい、3500万円で落札したホテル坪野を「市に寄付したい」と申し出た。だが建物が建築基準に合わないばかりか、取り壊すにしても解体費用だけで2500万円以上かかるということで、市がその申し出を断っている。

オーナーは民間人に譲渡する意向もあるそうなので、生粋の廃墟マニアの方はマイホームとして購入を考えてみてはいかがだろうか。美人幽霊は付いてきそうにないが。

たびたび登場で申し訳ないが、富山県民話財団さんで興味深い指摘があった。
前述の2ちゃんねるの書き込みもそうなのであろうが、どうも拡散しているデマの数が多すぎる――と。オーナーについての書き込みや行方不明の二人について、たしかにシレっと物知り顔で書かれた嘘が多い。そもそもデマとはそう言うモノなのであろうが、それほどメジャーでもない事件に、こうもデマが多いと工作員による攪乱……。とやはり陰謀論にまで考えが及んでしまう。
なんだか、奇妙な事件だと思う。やはり……。

最後になりましたが、もし、この記事を最後にオカルト・クロニクルの更新がパッタリ途絶えたら。「ああ、拉致されたか、消されたな」と数秒の黙祷ぐらいは捧げてやって下さい。
そして、亡きオカクロ特捜部(総員1名)に替わり、「肝試し失踪事件は北朝鮮による犯行だった!」とますます大きな声で、訴えて下さい。
北で、待ってます。

■参考文献 及びサイト
・読売新聞 地方版 1997/5/5-5/5 ・北日本新聞 2000/3/3
富山県民話財団 -記事削除 閉鎖。→2015-04-26復活。
ニッポンの廃墟わが朝鮮総連の罪と罰 (文春文庫)実話ナックルズ 2007年 11月号 [雑誌]参考セズ
実話 GON (ゴン) ナックルズ 2006年 12月号 [雑誌]参考セズ
公開捜査 消えた子供たちを捜して!―続発した行方不明事件の謎 (二見WAi WAi文庫) ・財界にいがた 2013/10- 新潟の特定失踪者、千葉で遺体発見の超ミステリアス
正論 2005 2月号– 失踪者多発「大町ルートを追う
・themis 2003/7- 北朝鮮拉致「日本人協力者」の実像に迫る
電脳補完録– 拉致 大町ルート
在日本朝鮮人総連合会
Wikipedia:坪野鉱泉
Wikipedia:万景峰号
・他 地方掲示板

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    butterflys /itunes /googleplay
    /菅井協太公式サイト


    ・一部のスマートフォン(android AQUOSフォン)で本文の行幅が狭く、文字がぎっしり詰まって読みにくい不具合。修正諦め。

    沢山の励ましのメッセージ、項についての追加情報、指摘、ありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。
    ともかく、今後とも宜しくお願いします。頑張ります押忍。

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