侵略か友好か。宇宙人に選択肢は少なく、考える猶予はもっと少ない。対する地球人は業界屈指のソリッドなパン屋、やるか、やかれるか。
清水の湧く山は妙なモノも湧く
フランスはピュイ・デ・ドーム県。ミネラル・ウォーター『ボルヴィック』を生み出すピュイ・ド・ドーム火山を中央に有する雄大な山岳地帯だ。山間、あるいは平地部に山村が点在し、歴史的と表現される家屋が並ぶ。
事件はそんな山村で起こった。
1960年4月もしくは5月初旬、地元でパン屋を営むジェルメン・ティシット(Germain Tichit)氏は村の高台に位置する自らのパン工房で生地作りに没頭していた。パン屋の日課である。
ふと違和感を覚えて耳を澄ませば、窓の外からなにやら奇妙な音が聞こえてくる。いや、音だけではない。工房の窓から有色の光が差し込んで来るではないか。草木も眠る午前2時、決して日の出などではない。
これはただ事ではない、ティシット氏はすぐさま工房から飛び出して、光源を捜した。が、捜すまでもなかった。光と異音を発するソレは、工房の目前にあったからだ。
地面が傾斜面だったため、物体は初め傾いて着陸していたが、やがて大きな音を立ててアコーディオンの蛇腹に似た『水平維持モジュール』的なモノが機体から伸びて物体は水平になった。
形状はオモチャのコマに似ており、上部半分は半透明で高速回転していた。幅にして10~15メートル、高さは5メートル。
上半分に光る50センチほどの蛍光管が4列、それらは黄色、赤、青と列ごとに違う色を発していたという。とにかく派手だ。
ティシット氏が観察していると、物体に右手からハシゴが降りてきて、そのハシゴを伝って『非常に小柄だが、人間にそっくり』な生き物が現れた。
機体からは生暖かい風が烈風となって吹きすさび、ティシット氏の左頬で割れる。
ここにきて、ようやくティシット氏は気がついた。こいつぁ空飛ぶ円盤と宇宙人に違いない!
宇宙人は身長こそ小柄であったが、体格はがっしりしており、顔もイケメン。小さなブーツにタイツのようなズボン。正面にボタンが並んだモスグリーンのジャケットを着ていた。「光でよく観察できなかった」とティシット氏は言うが、しっかり観察できていると思う。
ここにきて、ティシット氏は闘志を燃やした。
こんなウチュー野郎に好きにさせてたまるか!
ティシット氏は恐れ知らずのパン屋だったのだ。資料にもしっかりと
Tichit is thus a solid. fearless type of man.とある。
それもそのはず、ティシット氏は齢にして50を越えていたものの、元フランス空軍の 特殊部隊員であったのだ。それも『何度も生死の境をさまよったタフな男』と資料に残されている。ただのパン屋などではない!
捕まえてやる! と突撃を敢行したティシット氏に奴も気付いた。
宇宙人も素早い。ヤツは消防士の懐中電灯に似たチューブ状の機器を取り出し、構えた。
刹那、圧倒的光量をもつビームが突進するティシット氏に放射された。
ビームはティシット氏の頭部と胸部に直撃し、氏は窒息した。呼吸ができない!
機体から発せられる折からの烈風と、ビームによる呼吸困難、めまい。前進は不可能に近い。
しかし、ティシット氏の心は決して折れない。氏は前屈みになって突進を続ける。
猪突とも言えるこの勢いに怯んだのか、宇宙人はひらりと踵を返し、UFOのハシゴを駆け上がった。
すぐにハシゴは収納され、間髪を入れずUFOは離陸した。UFOは垂直に飛び上がり、一瞬にして30メートルほど浮き上がるとわずかに揺れながら南の方角へ飛び去った。
そして月明かりの中、同じような形状をしたUFOの群れに加わってどこへともなく飛び去っていったのだという。
ティシット氏は勝った。宇宙人の侵略から地球を守ったのである。
これは特殊部隊時代でもなし得なかったほどの功績・戦果だと言えよう。
その後と考察
ティシット氏はこの後、笑われることを嫌がり妻と息子夫婦、同僚にだけ事件のことを告げ、それ以上は誰にも言わなかった。そして10年の歳月を経てようやくUFO研究団体であるGEPAに報告した。事件のあった村の名前はプライバシーに配慮ということで公表されていないが、本名と経歴を明らかにしている以上、あまり意味のある配慮とも思えない。
報告書にティシット氏の言葉が残っている。
『あのちっちゃいヤツ捕まえたかったなぁ』
個人的にこの事件はロズウェル事件と並ぶ大事件となる逸材であると思うのだが、UFO業界での扱いは小さい。小さいというか扱われていないに等しい。少なくとも記事を書いた2013年現在、国内のウェブサイトに情報はゼロだった。海外でもチョコッと触れられている程度。UFO事件簿さん、どうぞよろしくお願いします。
物証ゼロだから歯牙にもかけないのか……紹介も検証もされないのかと悔やまれるが、荒唐無稽すぎてUFO愛好家も触れたくないのかも知れない。仕方ない。
だが僕は忘れない。
ひとりの男が、宇宙人による地球侵略を徒手空拳でくいとめたかも知れないことを。
ボルヴィックの産地で、人知れず戦ったソリッドなパン屋がいたことを。
■参考文献 宇宙人の死体写真集 (2) (グリーンアロー・ブックス) PUY-DE-DOME “uro SOLDIER”;pdf