行列に並べずに
冷静な諸姉兄などは「なぜこの人たちはこんなことに情熱を傾けるのだろう。ノアの箱舟ってただの寓話でしょう?」と、不思議に思うかも知れない。
コレに関しては宗教文化圏の違いもあろうが、前述した「聖書の教えは絶対」とするファンダメンタリストや創造論者などからすれば――
「何世紀もの間、聖書は宗教の教典であるばかりでなく、歴史的、「科学的」事実の中心的資料でもあった」1
というバックグラウンドもあり、大洪水もノアの箱舟も、疑うべくもない事実であると考える。ギリシア神話に登場する架空都市――トロイの木馬で知られるイリオスが実際に発見されたように、そのうち箱舟も発見されるにちがいない、と。
懐疑論者や疑り深い諸兄がどれほど
「記述してある規模の船に、動物が全部載るはずないだろ。つがいとはいえ」
「だいたいどうやって集めたんだよ」
「長期間動物たちを養う餌は?」
「生肉しか食べない肉食動物の『エサ』は?」
「そもそもアララト山の山頂まで達する降雨量だったら、現代のタンカークラスでも沈むけど?」
「いやさ、実験したけどオリーブの木って水没して3ヶ月で腐るんだよね。だから水が引いても鳥がくわえて来るなんて無理」
などと口々に『不都合な真実』を投げかけようと、意に介さない。そんなものは不信心者の戯言にすぎないからだ。次の大洪水が来たときには、否定論者も懐疑論者も仲良く水底で悔い改めることになるであろう。手遅れだけどな、と。おれは悪口言ってないので乗せてくださいね。まったく不信心な奴らはどうしょうもないすね。
冗談はともかく。よく知られている話だが、アメリカではいまだ多くの国民が『創造論』を信じている。
日経ビジネス2がソースになるが、米ピュー・リサーチ・センターが発表したところによると、米市民の10人中4人、人口の約4割――おおむね1.3億人がダーウィンによる『進化論=類人猿がヒトになった』を否定し、『創造論=神により人は人として生み出された』を信じているという調査結果が出た。
興味深い調査もある。
州立テキサス大学アーリントン校で行われた匿名のアンケートだ。これは1986年の米『Skeptical Inquirer』誌3に掲載されたもので、設問は『社会』『教育』『政治』『宗教』など幾つかのトピックをまたぐ89項目の質問で構成され、在校生409人を対象に行われた。
その中から、興味深い設問をいくつか見てみよう。
質問 | 信じている | 信じていない | わからない | |
---|---|---|---|---|
1 | 宇宙から来た神。(ピラミッドなどを作った etc) "Space Gods"(built pyramids, etc.) | 7% | 68% | 24% |
2 | 地球は過去に宇宙人の来訪を受けた。 Aliens visited the earth in the past. | 22% | 35% | 43% |
3 | ツタンカーメン王の呪い。 King Tut's Curse. | 9% | 57% | 34% |
4 | アトランティス文明。 Atlantis civilization. | 33% | 16% | 51% |
5 | 神の導きによる人類の進化。 Theistic (divinely directed) human evolution. | 48% | 27% | 25% |
6 | 無神論的進化論(神が関与しない)。 Nontheistic evolution (unconnected with God). | 14% | 66% | 20% |
7 | アダムとイブは神によって創造された。 Adam and Eve were created by God. | 62% | 20% | 18% |
8 | 聖書の内容は真実に基づく。 The Bible is literally true. | 41% | 43% | 16% |
9 | ノアの大洪水。 Noah's flood | 65% | 13% | 22% |
10 | 天国は存在する。 Heaven exists | 67% | 10% | 23% |
11 | ネス湖の怪獣。 Loch Ness "Monster" | 28% | 40% | 32% |
12 | ビッグフット(サスクワッチなど広義でのABSM) Bigfoot(Sasquatch) | 28% | 41% | 31% |
13 | UFOは宇宙船。 UFO's are spacecraft | 22% | 29% | 39% |
14 | 生まれ変わり。輪廻転生。 Reincarnation | 29% | 34% | 37% |
15 | 黒魔術。 Black Magic | 34% | 42% | 24% |
16 | 死者とのコミュニケーション。 Communication with the dead is possible | 38% | 36% | 26% |
17 | 超能力による未来予知。 Some can predict future by psychic power (prescience) | 59% | 22% | 20% |
18 | バミューダ・トライアングル。 Bermuda Triangle | 28% | 38% | 34% |
19 | 占星術による性格診断。 Astrology predicts personality | 8% | 69% | 23% |
20 | 幽霊の存在。 Ghosts exist | 35% | 36% | 29% |
1985年ごろの調査ということで、やや懐かしい――古典的とでも言うべきオカルト・トピックが多く登場する。
調査に使われた実際の回答には「強い同意」から「強い不同意」までの尺度が採用されていたが、ざっくり分けるとおおむね上記のような結果となったようだ。
やはり質問、5、7、8、9などキリスト教絡みの話には、肯定的な反応が見てとれる――がソレはとりあえず置いておいて、質問3『ツタンカーメンの呪い』が9%しか信じられていない! ツタンカーメン! 諸兄らなどはまだ無邪気に信じてるのにな!
興味深いのが、質問14『生まれ変わり。輪廻転生』で、これはキリスト教圏ではあまり支持されそうにない概念であるのに「信じる29%」と思いのほか高いスコアを出している。
質問20『占星術による性格診断』が「信じる8% 信じない69%」というのも面白い。日本ではそっくり真逆の結果が出るんじゃないか、と。
質問2『地球は過去に宇宙人の来訪を受けた』は、例の『古代の宇宙人』シリーズの主題――いわゆるエーリッヒ・フォン・デニケンの著作などで知られる『古代宇宙飛行士説』であるが、ネッシー・ビッグフットはもちろん、アトランティスよりスコアが低い。
おしなべてUFO・宇宙人関連全般が低スコアであったが、近年オカルト界隈でしきりに問題視される『UFO冬の時代』――いわゆる『若者のUFO離れ』は1985年ごろから始まっていたのかも知れない。
アンケートを掲載した『Skeptical Inquirer』誌でも以下のように触れられている。
意外なことに、最もよく知られているフォン・デニケンの『宇宙の神々』の主張は、かなり低い支持でした。
特に『古代遺跡の成り立ちに宇宙人が関わっている』という項目では支持率がかなり低く、宇宙神ファンタジーは過去のその勢いを失っているのかも知れません。
しかし、古代の宇宙飛行士について「決定的な証拠がない」という理由で、確信が持てない者が40%以上もいるというのは、残念な話でもあります。
【中略】
少なくとも、『ツタンカーメンの呪い』が圧倒的に否定されていることには安心感があります。『Skeptical Inquirer』1986 Fall Vol.11,No.01 P66 ツタンカーメン! 安心感! やめてください、まだ無邪気に信じてる人もいるんですよ!
多少違和感があるのは質問17『超能力による未来予知』が肯定的な意見が59%と、いわゆる『予知能力』がかなり高い支持を得ている。ツタンカーメンの9%と大違いである。ひどい。
短絡的な意見になるが、これは調査が行われた頃の世相が反映されているのかも知れない。
ちょうど1985年頃は各国において『ニューエイジ・ムーブメント』が最盛期を迎えていた頃で、さまざまな神秘主義に傾倒した若者たちが各地の神殿などで集会を行い、その様子がメディアでも盛んに取り上げられた。
うお座から水瓶座に時代が変わる(=New Age)――という事で盛り上がり、イジワルな懐疑派が『宇宙イタコ』と呼ぶ『チャネリング』――高次な存在である神や宇宙人、霊界などとの交信――もこの頃に黄金時代を迎えている。
The 5th Dimensionが歌ったトコロの『This is the dawning of the age of Aquarius!』というやつである。
この頃の世相が反映され、こと神秘主義と親和性の高い『超能力・サイキック』に肯定的な若者が多かったのかも知れない。ツタンカーメンの件はいささか残念であるが。
本題に戻ると、アンケートの結果から、やはり『宗教がらみ』の設問がおしなべて肯定スコアが高い。
質問5、神の導きによる人類の進化。48%
質問7、アダムとイブは神によって創造された。62%
質問8、聖書の内容は真実に基づく。41%
その中でも『ノアの大洪水』は肯定65%と『天国の実在』についで高く、否定的意見も13%しかない。過半数が肯定派というビリーバー大与党状態である。
やはり宗教が社会の規範や倫理、その根底をささえる文化圏であることは疑いない。休みの日、大事な大事な日曜日に教会へ、わざわざ説教されに行く文化は伊達ではない。
こうした背景を鑑みれば、『ノアの箱舟』に対する関心が我々のソレよりも高いことに得心がゆく。
近年になっても、ことノアの大洪水に関して信奉派と懐疑派の間では仁義なき戦いが繰り返されており、2018年の『Skeptical Inquirer』誌4――懐疑論者御用達の同誌にて
「大洪水が起きなかった21の理由」と題して、元カリフォルニア州立大学の地質学教授ロレンス・G・コリンズが説得を試みている。
記事では創造論者が主張するところの『グランドキャニオンの堆積岩は約4500年前のノアの大洪水に由来』などの幾つかのトピックを俎上にあげ、地質学的にみてもありえない――ないし根拠薄弱と指摘している。
「大洪水が起きなかった21の理由」との題は、少し前に流行った量産型アフィリエイト・サイトよろしくのタイトルではあるが、ロレンス教授の「いかがでしたか?」は悲しいかな信奉派には届かない。読まないからだ。
かくして、いまだに『失われたノアの箱舟探索』は敬虔な人々の間で関心の高いトピックとして君臨し続けている。
しかし、『ノアの箱舟・大洪水』が事実であったとする証拠あるいは傍証――報道を含め、それらは果たして妥当だったのだろうか。
ナヴァラの木材を含め、次はコレらを見てみよう。
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箱舟を誉めるなら洪水を待て
アララト山はトルコ、イラン、アルメニア(1991年までアルメニア社会主義ソビエト共和国)と三国に面しており、宗教文化的にも軍事的にも重要な場所に位置している。
軍事活動はもちろん、諜報活動などに利用されることもあって、非常にデリケートな地域である。それがため、何度もトルコ側から入山禁止令がだされ、箱舟探索家たちをヤキモキさせた。
このアララト山一帯にも『箱舟伝説を裏付ける地名』が残されており、「ノアの漂着地としての説得力は十分」とされている。
周辺には箱舟にちなんだ地名が多く、南東の都市ナキチェバンは『ノアが着いた揚所』だし、斜面やすそ野には『マーセル=破滅の日』とか『アホーラ=(ノアの)ブドウ園』がある。また、イラン側には『テマニン=(箱舟の)8人』や 『エチミアジン=降り立った人々』、『エレバン=最初の出現地』などの由緒正しい都市がある。
アララト山にしても、地元のアルメニア人は『マシス=世界の母』という意味深い名で呼んでいるのだ。
月刊ムー No097 1988-12 P33 南山宏 かくして当地に箱舟伝説が深く根付いているのはわかった。
伝説といえば、世界中に残された大洪水伝説はどうだろう。
先述した様々な伝説が『大洪水の傍証』として語り継がれ、遥か東方の国ジパングにもそれらしいモノが残されていた。
これは不思議な符合であり、本当に世界規模の大災害があったのではないか――と心のどこかに火が灯る気がする。
だが、残念ながら、現在では世界各国で収集された大洪水伝説、そのほとんどが文化侵略によって生まれたと考えられている。
つまりは『キリスト教の布教によって、大洪水伝説が世界各地に生まれた』という身も蓋もない話である。
以前、別の記事にて触れた『黒い眸ケース』を覚えている諸姉兄もおられるだろう。
1957年、パプワニューギニア奥地にて、カールトン・カイジェセク医学博士が村人たちからのもてなしの返礼として披露した民謡『黒い眸』。後年、同地を訪れた際には同曲が『先祖代々の歌』と変異し、伝わっていた――という実際に起きたケースだ。これは『文化の再解釈』と呼ばれる。
これと同じことが『大洪水説話』をテーマに変え世界中で起こったのだろう、という話になる。
宣教師によって伝道された説話が、それぞれの地域で地域の特色と整合するようローカライズされ、それが後年また別の宣教師や研究者によって『当地に伝わる洪水伝説』として採取されたのだろうと。
例えば、
・事前に大いなる存在から洪水を予告された。
・多くの動物とともに船(ないし船の代わりになるモノ)に乗って助かった。
・山の山頂が小島のようになり、そこに漂着。
・船から鳥を放して水が引いたのを確認した。
・大洪水を生き残った者が新たなる人類の始祖となった。
などのノアの箱舟説話を形成する象徴的な要素は、世界各地のローカライズ版を聞けば、そのディテールの類似からまるで「実際にあったことが伝わっている」ように錯覚してしまうが、逆を言えば一つの説話が変容を遂げながら広がった証拠ともなってしまうワケだ。
直接的な例でいうと、タヒチ島に伝わる洪水伝説がわかりやすい。
当地では、当地でのアダムとイブに相当する男女、そして犬と猫が助かった――という伝承が残されているが、伝説に登場する『猫』が同島に運び込まれたのはヨーロッパ人の船が来訪して以降であり、もともと島に猫はいなかった。つまりは、この伝説はかなり新しい――少なくとも、キリスト教文化圏との接触以降に成立したことは確実となる。5
興味深いものとしては、中米アズテーク族に伝わる伝説がある。
大洪水がおとずれて、ただ一組の男女が生き残る。というもので、ノアの箱舟の逸話に『バベルの塔』に類似する結末が編入されている。
二人の乗った船はコクファカンの山に漂着した。
生き残った二人は多くの子供を得たが、なぜか子どもたちはみな喋れない。
そんなあるとき、一羽の大きな鳩が彼らの元へやってきて子どもたちに言語を話す能力を与えた。
しかし、鳩の与えてくれた言語はそれぞれ全く違うものだったので、子どもたちは結局、意思疎通できなかった。6
ポリネシア・ハワイでは『ヌウ』という男が洪水を予知して、家つきのイカダで逃れているが、この『ヌウ』は『ノア』が訛ったものと考えられており、ツアモツ諸島で伝わる類似した伝説ではここでも『バベルの塔』型の話が編入される。7
そして、やはりハワイにおいても『伝説』が採取されたのも、やはり宣教師が活動を始めてからずっと後だった。8
裏がとれたモノとしては、南アフリカ、バスート族のー支族に伝わる伝説がある。
バペディの人々はやはり大洪水で全人類が絶滅したとする伝説を伝えていたが、宣教師ロバート・モファト博士が調査してみると、この大洪水伝説をして「先祖代々伝わる話だ」と主張する者がいる一方、実際は過去に当地を訪れたシュメレンという名の宣教師から習い覚えた――という事がわかった。9
聖書、あるいは宣教師の語った説話がローカライズされ当地に根付いた――それが再び宣教師や研究者によって再発見される――意図しないマッチポンプのような話ではあるが、この可能性にはフレイザー卿も気づいており、古くからよく指摘され、よく比較され、よく分類されてきた。
しかし、必ずしもその起源が一つ――『ノアの箱舟説話』であるとは考えがたい。
少なくともポリネシアにおいては、専門家である後藤明文化人類学教授が民族学者エルズドン・ベストの言に賛同し「すべてが宣教師以降の創作とも言えない」10としている。
しかしながら、洪水という災害自体が珍しい現象ではないがゆえ、別個の出自なり独創性をもって各地に残されていても、けして不自然ではない。
こうして眺めてみると、『世界中に残されたノアの箱舟に似た伝説』が、その伝説自身の裏付けにはならない、とは言えそうだ。
そもそもの話をすれば、旧約聖書におけるノアの箱舟説話は世界中に流布した『大洪水伝説』に対して独創性を誇れる立場にない。パクリだからだ。
遡れば、中学生が最初に触れる世界史――四大文明のひとつメソポタミア文明にその起源がある。
チグリス・ユーフラテス川を中心に発展したメソポタミア文明において、およそ紀元前2000年前に『ノアの箱舟説話』の原型と考えられる物語が楔形文字で書き残されており、少なくとも大きく3種――
・シュメール語で書かれた『シュメールの洪水伝説』
・アッカド語の『アトラ・ハシース』
・『ギルガメシュ叙事詩』
がよく知られている。これらは粘土板の破損などで全体像があやふやなモノもあるが、それぞれが似通った物語を記している。
成立が古いとされる順に、その内容を簡単に見てみよう。
シュメールの洪水伝説
《古バビロニア版》
神々は町を作った。だがやはり人間を滅ぼすことに決めた。(理由は不明)
女神ニントゥが嘆願するも、神の意志は変わらず。
ジウスドラ王が船を建造し、多くの生き物の命を救った。
そしてその見返りとしてジウスドラ王は不死になる。
《シェーエン版》もあり。
アトラ・ハシース
《古バビロニア版》
神々は人間を作ったが、増えすぎてうるさいので、絶滅させることにする。
まず、疫病をひろめて駆逐する計画だったが、やさしいエア神が阻止。
今度は飢餓をもって駆逐を計画し、雨がふらないようにした。再びやさしいエア神が雨を降らせて人類、事なきを得る。
しつこく第三の計画。神々は大洪水を起こして人の子を地上から消し去ろうとする
やはりとことん優しいエア神がアトラ・ハーシスに箱舟をつくるように指示。
結果として、多くの人間と多くの動物たちが箱舟によって救われた。
(やりすぎたと考えたか)神々はエア神の介入に感謝し、アトラ・ハーシスの家族は祝福をうけて不死となった。
他に同物語を記した粘土板《古バビロニア・シェーエン版》《中期バビロニア・ウガリツト版》《中期バビロニア・ニップル版》《新アッシリア校訂版》《新アッシリア・スミス版》などが発見されている。
ギルガメシュ叙事詩
大洪水が起きた時の様子をサバイバーであるウトナピシュティムがギルガメシュに語る。
エア神が船を作るように指示、自らの家族と船大工、すべての動物を船に乗せた。まもなく大洪水が来て、人間はすべて粘土になった。
ニシル山に漂着したので鳩、ツバメ、カラスを放す。
神の祝福を得て、ウトナピシュティムは不老不死になった。
と遥か古代から存在するモチーフであることがわかる。これが旧約聖書やコーランなどに取り入れられ、ローカライズなりノーマライズされていった。
1929年、考古学者レオナード・ウーリーがメソポタミアの古代都市ウルの発掘調査したところ、人工物をほとんど含まない厚さ3メートルにも及ぶ堆積層を発見した。ウーリーは「これこそがノアの洪水の痕跡であろう」と主張したが、当地で洪水があったことは窺えるものの、全世界――アララト山をカバーできるほどの大洪水だったとは考えられていない。
ここからメソポタミア最古の民とされるウバイド文化の民たちが(局地的な)大洪水を経験し、それを口伝として語り継いでゆくうちに『シュメールの洪水伝説』となり、時代を経て『バビロニアの洪水伝説』となり、それがやがて『旧約聖書』にてノアの箱舟説話としてモチーフが借用・ローカライズされたのだろう、と考えられている。
諸姉兄は思うかも知れない。
「となると、『アララト山に箱舟がある』と主張する正当性も妥当性も、そっくり“水の泡”じゃないか、洪水だけに」
まさしくそうなのである。まさに“寝耳に水”の話である。洪水だけに。
懐疑派諸兄などは言うのだろう。「ほうらな、やっぱり。“真実は水に沈まぬ”というやつさ。洪水だけに」
話によれば、それぞれの伝説に登場する『漂着した山』はその数50以上にのぼり、箱舟を探してすべての山を捜索するのは少々骨が折れる。そもそも、コピーと拝借とローカライズだらけと知ると、真面目に取り組むモチベーションを維持するのすら難しい。
漂着場所を探すと、特殊なところでは、メンフィス在住の聖書研究家のハロルド・ニーダムは「そもそも、エデンの園はジョージア州とフロリダの州境にあり、アダムとイブは楽園を追放されてからアラバマ州モービルに移り住んだ。ノアもモービルの出身。大洪水が始まってから箱舟はオクラホマとミズーリ州の西方に流され、スモーキー山脈に漂着し、現存するはずだ」とアメリカ・ファーストな主張しているし、11
もっと特殊なところではアポロ15号が撮影した月面の写真にノアの箱舟が写っている、とか、いやさ火星にノアの方舟らしきモノがあるぞ――ともうやりたい放題である。やたら漂着しすぎだろ。
ここまで行くと、もうユーモア披露大会のように思える。真面目に探してるのか?
こうも様々な風聞、デマ、ジョーク、ローカライズにあふれていると、漂着地を探すのにも一苦労『干し草の中から針を探す』というやつである。
だが証拠。確固とした証拠さえあれば、伝説を証明できる。
「いやさどう考えてもアララト山に箱舟はないだろ」派をやっつけるには、実際にアララト山で箱舟を見つければ良い。シンプルな話である。
そうすれば「そもそもの伝説の発祥がアララト――実際にこのアララト地域で大洪水が起こって、そこからソレが口伝によりメソポタミアに伝わって、メソポタミア方面でローカライズされた上に石版にされ、ギルガメシュ叙事詩にも借用され、やがてそれが旧約聖書に収められたんだよ」と、強弁することもできるだろう。
情熱を燃料にしてアララトへ何度も赴いている者たちが実際にそう考えているかは定かでないが、過去から現代に至るまでアララト山では様々な『世紀の発見』が成し遂げられ、様々な『証拠』が持ち帰られた。
次はこれらの妥当性を見てみよう。