ラピュタは本当にあったのか―空飛ぶ城塞伝説

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空を見上げれば、城が飛んでいる。龍の巣の中に廃墟となった街が隠れている。
それらはファンタジーの世界だけに存在すると人は言う。だが本当にそうなのだろうか?
様々な文献から『空飛ぶ街』伝説を追ってみよう。

40秒で支度しな

laputatop2 1986年、全国の映画館で古典的な冒険活劇アニメが上映された。

空を飛ぶ島の伝説を下敷きにし、飛行石なるモノを巡って上へ下への大騒動が繰り広げられる、ご存じ『天空の城ラピュタ』だ。

この項では、『空飛ぶ島』『空飛ぶ城郭都市』の伝説に触れてみたい。

『天空の城ラピュタ』は国民的人気作だけあって、様々な噂が飛び交い、都市伝説のようなモノまで生まれている。
余談ではあるがナウシカに出てきたクシャナ殿下やもののけ姫のエボシ様のようなキャラクターが出ていない事で、一部のコアな諸兄から減点されがちな作品ではある。

今回、ラピュタにあったとされるアナザーエンディングに始まる有象無象のジブリ都市伝説には触れない。
『トトロは狭山事件に下敷きにしたんだぜ説』など、そういうのはちゃんとした狭山事件研究サイトにお任せしたいと思う。

では空飛ぶ島はあったのか?

「そんなのあるワケないだろ! 君はラピュタを宝島か何かと考えているのかね!」と懐疑派の諸兄はロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ王の言葉を引用しつつ憤るかも知れない。
だが、事を急げば元も子もなくしますよ、閣下。

ご存知の方もおられるだろうが、天空の城ラピュタのモデルとなったのはジョナサン・スウィフト作『ガリバー旅行記』のなかで主人公ガリバーが訪れるラピュタ島であると言われている。
ラピュタの図

ガリバー旅行記からラピュタと遭遇したガリバーの図。

ヴィジュアルに圧倒的なインパクトがある。
画像出典:wikipedia:ガリバー旅行記


説明不要かとも思うが簡単に触れておけば、ガリバー旅行記の正式なタイトルは『船医から始まり後に複数の船の船長となったレミュエル・ガリヴァーによる、世界の諸僻地への旅行記4篇』というとにかく長いものになっており、以下の4篇から構成されている。

第1篇  リリパット国渡航記【小人の国】

第2篇  大人国(ブロブディンナグ)渡航記【巨人の国】

第3篇  ラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブおよび日本への渡航記【飛島】

第4篇  馬の国(フウイヌム)渡航記【ヤフー】

このなかでは第1篇の小人国リリパット有名だが、他の3篇も後世のクリエイターたちをインスパイアし続けている。

青空文庫で全篇まとめて無料公開されてるので、興味ある諸兄はどうぞ。
ガリバー旅行記 原民喜訳(青空文庫)

このガリバー旅行記の第3篇で、漂流したガリバーを空飛ぶ島が拾う。それがラピュータ島だ。

旅行記によればラピュータ島は日本近海にあるとされ、直径7.25km、厚さ275mの円形の島であると説明されている。飛行石なるものによって浮力を得るアニメとは違い、このラピュータ島は磁気によって中天に浮いており、心棒を操作することによって上下左右自由に動くことが出来る。

都市の住人のほとんどは科学者であり、数学や天文学にはじまる様々な学問を修め天才的な頭脳をもっているが、学問のことしか考えないせいで、道を誤って島の端から転落したりしないように、いつも『叩き役』の召使いを従えているという。

ちなみに、住民たちは自分の妻が目の前で不貞を働いていても気がつかないそうだ。宮崎版ラピュタより、こちらのラピュタのほうが夢の国だ――と思う不道徳な諸兄もいるかも知れない。少なくとも不倫で失脚した矢口真里にとっては夢のような世界であろう。実にけしからんことではあるが、それはいい。

ともかく、宮崎駿はこのスウィフトのラピュータだけでなく、プラトンの失われた地理書『天空の書』で紹介されているラピュタリチスからも着想を得たと小説版ラピュタの前書きで触れている。

年代的に考えて、プラトン→スウィフト→宮崎駿と発想のリレーが行われたと考えるのが妥当ではあるが、では大元は何なのだろう?

博覧強記たる諸兄は、プラトンと聞いてアトランティスを連想されたのでは無かろうか。いまだに論争が続く失われた大陸伝説アトランティス。その大陸は先進技術を持っており、一夜にして海の藻屑と消えたという。

アトランティス=ラピュタ。などという結論に飛びつかず、他の伝説、伝承も引っ張り出して、次節でもう少し掘り下げることとする。

では40秒で支度しよう。


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龍の巣を探して

空飛ぶ島、あるいは街の伝説を調べれば、ラピュタ伝説の傍証になるものが見つかるのではないか、そう考えて探してみれば、類する話は少なくない。

だが、興味深い話を見つけて、その細い糸を手繰ってみてもそれがプッツリ途切れている事が多い。

たとえば、プラトンの『天空の書』だ。

プラトンというネームバリューと、古代ギリシャ神秘性により、『ラピュタリチス』のロマンは高まる。
なんだか、偉い哲学者が言うんだから、ラピュタありそうじゃね? と。これをハロー効果という。

だが、オカクロ特捜部の知る限りプラトンの著作に『天空の書』なるものは存在しない。
一応調べたが、該当しそうなモノもない。

なんだよ! さっき宮崎駿が小説版の前書きで参考にしたって書いてたじゃないか!」と憤慨する諸兄もおられるだろうが、これはおそらく監督一流のジョークである。

前書きでは、【失われた地理書『天空の書』】と紹介されているが、素朴に考えて『失われた』地理書をどうやって宮崎監督が参照できたというのか。

これは、この『存在しない地理書』自体がアニメ制作の設定だったと考えるのが妥当だろう。
ウソとはいえ、なかなか渋いやりくちだと思う。オカクロも見習おう。
(もし天空の書が実在するという情報ないし資料をお持ちの方がおられましたら、ご連絡ください。謝罪、訂正します)
そして、スウィフトのガリバー旅行記。
これは当時の英国を皮肉った風刺小説であり、もちろんラピュタの存在を裏付けるものではない。

だが、スウィフトが「空飛ぶ城郭都市」というアイデアを、プラトン以外のどこかしらから引っ張ってきた可能性は十分にありえる。

そこで、他の伝説や奇説に目を向けてみよう。


マゴニア
中世ヨーロッパでは、天空にマゴニアという国があったとされる。

嵐や雷といった災害はこのマゴニアにいる人々によって引き起こされていると信じられていた。悪天候を起こし、地面に落ちてしまった農作物を空からやってきて盗み去るのだという。

時折、雲間に船が目撃され、人々はそれはマゴニア人たちが移動するためだと考えた。

9世紀のフランス、リヨンの大司教アゴバルドが『雹と雷に関する民衆の謬信』にマゴニア絡みの出来事を書き残している。
それによれば、数日前に空に浮いた船から落ちてきた4人の男女をマゴニア人だとして民衆が迫害したとある。
リヨンのアゴバルド

リヨンの大司教アゴバルドが民衆を諭す。
アゴバルドは民衆がマゴニアを信じているとしてガッカリしているが、この絵ではガッツリ船が飛んでいる。高度な皮肉が込められた絵かもしれない。
画像出典:mysterious universe.org


他にも有名な話では、1211年(一説には1214年)にアイルランドはクロエラの教会で、空を飛ぶ一隻の船が目撃されている。

伝えるところによれば、村教会で日曜日のミサが執り行われていたところ、空から網付きの錨が降りてきて、教会のアーチに引っかかった。見上げれば空にフワフワ船が浮いているではないか。人々が見守る中、その船から1人の男がするすると現れて、引っかかった錨を外そうとする。

「なんかよくわからんけど、捕まえろ!」ということで、民衆たちは仁義なく暴徒化してその男を捕らえようとした。

が、司教がびしっと
「もうええじゃろ(CV:菅原文太)」
「で、でも兄貴ィ! 野郎、ミサの邪魔を!」
「もうええ言うとるんじゃ!」
と民衆たちの蛮行を諫めている間に男はフワフワと空中を泳いでロープを切り、船はそのままふわりふわりと空の高みへ消えていったという。

ちなみに、あまり触れられることはないが、このクロエラの錨はしばらく村で保管されていたらしい。
そして村の鍛冶屋によって装飾品へと加工された。(教会のドアに使われたという話もあったがソースは不明

エノクの街
エノクの街がラピュタ伝説の元となった――とまことしやかに語られる噂である。

創世記によれば、エノクは箱船で有名なノアの曾祖父にあたる人物で、天に昇って天使メタトロンとなった。

そして聖書外典の記述によれば、そのエノクの名を冠した街がエノクと同じく天へと飛翔したとあり、それがラピュタなのだという。

そして、いつの日か新エルサレムとなって再臨する――という話だ。
これに関しては後述する。

ヴィマーナ伝説

古代インドの叙事詩『ラーマーヤナ』『マハーバーラタ』に登場する様々な飛行兵器をヴィマーナという。

『島』と呼ぶと語弊があるかも知れないが、ラピュタを『空飛ぶ巨大兵器』と考えれば、そのイメージに近いものが確認できる。

これは古代宇宙飛行士説論者に人気が高い伝説で、その主張によればヴィマーナとは巨大UFOであるという。ううむ。

中国

キチンとした形で伝説が残っているわけではないが、『空飛ぶ塔』『動く山』を目撃したという逸話が様々な奇談異聞集に残されている。

老学庵筆記:普照塔。1119~1125年頃。揚子江に13層からなる巨大な塔が出現。金色に輝き、波飛沫を立てて移動した。大風に乗って消えた。

夜航船:山市。1544年。夜、煥山の頂に塔が2つ出現。幾棟かの楼閣も見える。高い城壁や姫垣。城壁は高く、楼閣は無数に瓦を連ね、城門には馬、市場には人がみえた。

夜譚随録:古戦場で山が動いた。轢かれて死んだ者もいる。


日本
ガリバー旅行記のラピュータが日本近海にあったということで、様々な伝説と結び付けようとする試みが散見される。

日本神話でアマテラスをはじめとする天津神たちが住むとされる高天原がつまりは浮遊都市なのだよ」という主張があり、古代宇宙飛行士論者に言わせると、これはつまるところ巨大UFOだったに違いないそうである。ううむ。

それに付随して『国生み』神話でイザナミ&イザナギの乗った『天の浮橋』や伝説の『オノコロ島』も引き合いに出される。

他にも船ではあるが、鳥之石楠船神=天鳥船(あめのとりふね)鳥磐橡櫲樟船(とりのいわすふね)天磐船(あめのいわふね)などがあり、エンシャント・ジャパニーズ・エアクラフトにバリエーションはメニーである。

探せば奇談も見つけることが出来る。

北窻瑣談 巻2:1792年(寛政4年)雲仙岳の崩れる直前、数日間にわたって帆掛け船が雲間に見えたと書かれている。この『崩れ』が噴火をあらわすのかとオカクロ特捜部はぼんやり読んでいたが、1792年に雲仙岳周辺は噴火、山崩れ、地震に津波と様々な災禍を被っている。
『春』と書かれているので噴火ではなく山体崩壊とこれによる津波災害(いわゆる『島原大変肥後迷惑』、死者行方不明者1万5000人)の時と思われる。

中天の船ということで、マゴニア伝説同様、空のどこかにある国の船と考えることもできそうだ。

余談ではあるが、近年でも火山が噴火ないし大地震が起こる直前、現地の者によってUFOが目撃されることがよくあり、そのうちこの事例もその類型に取り込まれるかもしれない。

街でも城でも船でもないが、ザラッと奇談集に目を通すと、いろいろな物が日本の空を飛んでいたらしい事がわかる。

北海資料:漁舎が宮殿楼閣のようになったが、風で吹き飛んだ。龍王の遊びだね。

怪談老の杖 巻1:石塔が飛んだよ。

我衣 19巻本巻11:宙を行く青馬をみたよ。

我衣 19巻本巻11:4足の獣が空を悠々と飛んでいたよ。麒麟ってやつじゃないかなぁ。

四不語録 巻1:空飛ぶ異人を見たよ。

なんだこれは。
ともかく次。

イギリス
・オークニー諸島サンデー島では、空中に浮かぶ都市の幻影が現れることがある。ケルト人はこれを水晶と真珠で出来た都だと信じていた。

・ウェールズ1743年、北西にあるアングルシー島で雲間に郵便船に似た船が目撃された。排水量は90tほどの船で船底の竜骨まで見えた。

アフリカ
2011年3月アフリカはナイジェリア。バウチ州のデュラリ村で数百人の村人が樹冠頂ほどの高さにに浮かぶ都市を目撃、観察する。
高いビルや舗装道路や車が観察でき、セメント工場のような機械音がしたという。大元のソースが不明。

翻訳記事を載せておられる『海外の妖しいBlog記事から』さんも、なんだか怪しんでます。

アメリカ
・1890年、オハイオ州アッシュランドの上空に空中都市が出現したとニューヨーク・サン紙が報じた。(註:チャールズ・フォート著『New Lands』より)
・アリゾナ州のセドナの上空にエーテル都市が浮かんでいる。とUFO研究家ブラッド・スタイガーが著書『Starborn 』のなかで主張。
ビリーバー、および自称超能力者たちも賛同。なぜか芸術家も賛同。巡礼地となる。なにを祈るのかは不明。異次元への入り口があるとも言う。

・アラスカ。1888年ごろ、グラシエール湾上空に奇妙な都市が断続的に出現し、それを多数の人が目撃。家屋に樹木、巨大な建造物、高い尖塔。近代の都市でなく、中世ごろの街並みに似ていた。人の営みまで見えるのに、全く音が聞こえてこないことから『サイレント・シティー』と呼ばれる。

写真にも撮られ、『サンフランシスコ・クロニクル』紙に掲載され反響を巻き起こした。
このサイレント・シティーに着いては後述する。

メソポタミア
色々な話があるので、ここはオカルトクロニクルとしてもドサクサにまぎれて新説を混入させておく。

失われた都市、帝都アガデだ。ご存じの諸兄もおられるかもだが、古代メソポタミアにあったとされる人類史上最古の首都である。アッカド王朝の帝都として実在したのは歴史家たちに確実視されているのに、いまだに遺跡が発見されていない。
これは、あれである。都市ごと浮上しラピュタとなったのである。





と、以上のようになる。
神話や伝説、寓話、事件、奇談、オカルト話と多岐に渡るが、全体的に『これぞ傍証』と言えるものはなさそうだ。

だがある人は言う。
スウィフトは作中、ラピュータの科学者の口を借りて、火星には2つの衛星があるとガリバーに知識を授けている。だが火星の衛星であるフォボスとダイモスの発見はガリバー旅行記が出版される151年後である。さぁ考えよう。スウィフトはなぜ知り得ないはずの知識を知っていたのか

次ページでは昇天エノクの街など一部の伝説を紐解いて、スウィフトの謎そしてラピュタ伝説その真相に一歩近づいてみよう。
 
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