核の危険性。それは万人が理解している。だが人類はまだ幼く、その危険な揺りかごから依然として出ることができていない。宇宙にまでおよんだ反核の波。世界は広いが、宇宙は狭い。
のどかな町の奇妙な事件
ウエストバージニアはオーガスタ。肥沃な大地の上に、常緑樹と落葉樹が広がり、地に染みこんだ南北戦争の悲劇を覆い隠している。
様々な動物と様々な植物が眼前に広がり、人々はのどかに暮らしている。
ここが激戦区だった頃の記憶は、残された文献と、人々の文化にのみ知ることができる。
彼ら、彼女らは古式ゆかしい衣装に身を包み、依然として開拓民のような生活のありようを現代に伝えている……。
ウソでした。
これは当地で行われた中世フェスタの模様でした。宇宙人図鑑はついふざけてしまう。すんません。
冗談はともかく、事件はこの精神的にも文化的にも豊かな地方で起こった。
1982年、深夜勤務を終えて帰宅しようとしたダン・シャルクロス氏(37歳)は疲れ目に奇妙なモノを見た。
なんだあれは。
なにやら飛行機のようなモノが凄まじい勢いで高度を下げ、地面に不時着しようとしている。
のどかな町に大事件が起こる予感がする。すぐに現場へ急行せねば。
しかしシャルクロス氏は疲れていた。疲れていたし、落ち着いていた。
別に急行せんでもええじゃろ――と、とりあえず自宅へ戻ることにした。
これは通常の遭遇事件事例から鑑みれば、常軌を逸した行動である。目撃→直行がセオリーであるのに、それを完全に無視した行動である。
だが、家に帰ったシャルクロス氏は、やはり先ほどの『墜落』が気になって、現地へ行ってみることにした。
家から800メートルほど進んだところで、またも奇妙な現象に見舞われる。
なんだか急に車のエンジンが停止し、ライトも消えてしまったのだ。
すわ故障か、とシャルクロス氏が不思議に思っていると、さらに奇妙な現象が起こった。
停止した車に向かって、なにやら5メートルほど前方から光るボールのようなものが近づいてくる。その数は2つ。それに気がついた瞬間、シャルクロス氏の体は麻痺し意識は失われてしまった。
どれくらい意識を失っていたかはわからない。
だが気がついた時には車の外にいた。
――どうして? いつの間に?
などと考えている余裕はなかった。
目の前に、奇妙な人物が立っている。
身長は160センチ前後、ピッチリと体にフィットした銀色のタイツを身につけている。
顔はバイクのヘルメットのようなモノに覆われ、手には棒を持っていた。
その棒は野球で使用するバットにも見える。武器か!
――なんだ、これは!
見れば、すぐ近くに空飛ぶ円盤とおぼしきUFOまで着陸している。
それは底深の皿を二枚組み合わせたようなデザインで、継ぎ目部分は無数のチューブによって繋がれている。これは異星人のパンケーキ事件で目撃されたUFOと酷似している。
驚きに動けないシャルクロス氏。
見つめ合う一瞬、予想外の邂逅。
ヤツが先に口を開いた。
正確には口ではなく、テレパシーでシャルクロス氏の脳内に直接語りかけてきた。
「私は宇宙人だ。ここではない、別の星からやってきた」
「我々は、地球をずっと観察している。近くで見ているのだ。我々は全てを知っている」
どうやら異星人らしいぞ、とシャルクロス氏が状況を飲み込むと、ヤツはさらに続けた。
「最近、よくない。核はよくないよ」
「人類は核エネルギーを間違った方向に使ってるよ。我々はすごく心配している」
宇宙人は、核利用による人類の行く末を案じ、憂えているのだという。
そして、反核の主張だけ伝えると、ヤツは満足したように言った。
「いつか、また会えるだろう」
それだけ言い残し、ヤツはUFOに飛び乗ると、みるまに飛び去った。
シャルクロス氏をその場に残して……。
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反核運動
異常な事件である。
そして、奇妙な事件でもある。
異星人はなぜシャルクロス氏に主張を伝えたのか。たまたまその場に居合わせたから、というのなら余りにも無責任な行動に思える。
地球を観察しているなら、政治や国際情勢への理解はあろう。
だが、ヤツは国家首脳や核開発組織、あるいは科学者という核に関連するであろう人物ではなく、いち労働者であるシャルクロス氏に憂慮を伝えた。
それはなぜか? まるでわからない。
実際に、世界中で核開発は行われているし、原発だって稼働している。シャルクロス氏ではなく、権力のある人物に意見すれば世界は変わっていたかも知れない。だが、なんの影響もなかった。この事件も風化し、(本当にごく)一部の異星人マニアにだけ知られる事件となってしまった。やはりというか当然というか、UFO事件簿さんでも取り上げられていない。
むろん、懐疑論者はまったく相手にもしないだろう。懐疑するまでもない、と。
だからオカルト・クロニクルが懐疑論者の立場になって懐疑します。風化をSTOP!
■ヤツはバイカー説 シャルクロス氏は『二つ』の光球を見ている。それは単車のヘッドライトだったのではないか。
無軌道な若者たちが、スピードを出していたシャルクロス氏の車に接触。無軌道な若者たちは、無軌道であるからして交通ルールにも無軌道で、逆車線を走るシャルクロス氏の車と接触事故を起こしたのだ。
最初の1台目が無灯火で暴走しており、それをシャルクロス氏が気付かずに轢いた。これにより車は故障、動かなくなる。
1台目の後方からやってきた2台(シャル氏には光球に見えた)が、無軌道な若者らしく、仲間を轢いたシャルクロス氏を車から引きずり出し暴行を加える。この際、頭部をバットでしこたま殴られたシャルクロス氏は記憶の混濁と錯乱を起こし、バイカーたちを宇宙人だと思ったのだ。
記憶に残されたキーワード、『光』『人影』『バット』『危険』から再構成された記憶がこの事件の真相である。
むろん反核の主張はシャルクロス氏自身の主張である。
この事件のあった1982年にはアメリカはネバダ州で『ファランクス作戦』なる核実験が行われていた。その前年には『プラエトリアン作戦』という核実験もあった。これらを報じるニュースはシャルクロス氏の目にも入ったに違いなく、これらへの疑問が記憶の再構築の際に浮上したのだろう。
宇宙人とバイカーで記憶錯誤をおこすだろうか、とお思いの方もおられるだろうが、これもこの年に映画の『ET』が公開されていることから納得できない話ではない。
これは潜在意識下の記憶が作り上げた事件なのである。
では、シャルクロス氏が最初に目撃した『墜落物』はなんだったのか?
それは無論、別の場所に落ちたUFOである。
■参考文献 宇宙人の死体写真集―外宇宙からやってきた宇宙人の脅威の実態 (グリーンアローブックス) topsecretresearch:閉鎖