キツネの送りびと――ゴーマンストン子爵家の守護者

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由緒正しき貴族がいた。ゴーマンストン子爵家――その血筋に古来から妙な噂がついて回る。「人間を装っているが、ヤツらはキツネに違いないぞ」忌み嫌われていたキツネたちが、ゴーマン城を囲んだ夜、一体なにが起きたのか。

ゴーマンストン子爵の噂。

ミース郡はゴーマンストン。いまだにこんなファンタジーな風景がある。


ゴーマンストン子爵家はアイルランドに領地を持っていた。彼らの所領は森と田園が広がる牧歌的な地区で、いまだに中世風の趣を残している。アイルランドと言えば「コレなしじゃあパブは開けない」とさえ言われるギネスビールが有名であるが、この話の舞台はそのビールの本場の北に位置するミース郡である。馬の繁殖が地場産業らしい。

ここを統治していたゴーマンストン家であるが、先代、先先代から血と領土のほかに『奇妙な噂』を脈々と受け継いできた。

それは、ゴーマンストン子爵家が『キツネ人間』なのではないかという噂だった。

ゴーマンストン子爵家は代々ハンサムな男が多く、その容姿からして人外なる者を連想させるそうだ。

ゴーマンストン子爵

ゴーマンストン子爵

ゴーマンストン子爵家の家紋。左側と上部にキツネが描かれている

ゴーマンストン子爵家の家紋。左側と上部にキツネが描かれている


たしかにどこか妖艶なものを感じさせる。キツネの神秘的な存在感とゴーマンストン子爵の秀でた容姿を重ね合わせたのか――それは定かではない。

が、イケメン=キツネと言うのは余りに乱暴な話である。イケメンが人外だというなら俺はどうなる。

――冗談はともかく、ゴーマンストン子爵家は代々キツネとの縁が深く、家紋にもキツネの姿が見られる。
18世紀前後の社会ではキツネは家畜を襲う害獣であった。それは童話で作り上げられた印象などではなく、実際に人間の敵であったから童話の印象も良くはないということ。
貴族の間ではキツネ狩りという一石二鳥であるスポーツが盛んに行われ、種族間対立は悪化の一途を辿っていた。

なのになぜ家紋にキツネを?
この疑問に対しての回答は、ゴーマンストン子爵家とキツネたちとの間に起こった出来事に求めることができるかもしれない。

今夜はキツネがやってくる

14代目の当主ウイリアム・ジョセフ・プレストン

14代目当主ウイリアム・ジョセフ・プレストン


1908年、ニュー・アイルランド・レビュー誌の4月号に以下のような記事が掲載された。
それは遡ること前年、1907年10月8日の出来事だ。

同夜、ゴーマンストン子爵家14代目の当主ウイリアム・ジョセフ・プレストン(1837–1907)が居城であるゴーマンストン城で亡くなった。当主が亡くなって悲しみに暮れるわ、忙しいわでタンヤワンヤの人間たちを尻目に、城内や敷地内の教会で12匹ものキツネが当家の御者たちに目撃されている。
どのキツネもすすり泣くような声を上げていた、と御者は証言している。
さらにその2日後、10月10日の午前3時ごろ。
ウイリアムの息子であるリチャード・プレストンが礼拝堂で父の遺骸を見守っていたところ、外に何者かの気配を感じた。音から足音を潜めている様子、すすり泣いている様子がうかがえた。
何者か、とリチャードが扉を開くと、1匹の大きなキツネが身を伏せていた。
これはなんだ。リチャードその奇妙な光景に呆然としていると、他にも気配がある。見れば少し離れた場所にもう1匹いるではないか。さらには生け垣のあたりにも数匹、裏門を開くと目と鼻の先にもう2匹のキツネがうずくまっていた。
無数のキツネたちはウイリアムの遺体のある礼拝堂を2時間ばかり取り巻き、やがて忽然と姿を消した。

さらに古い記録では、1860年、第12代目の当主であるジェニコ・プレストン(1775–1860)が亡くなる前後のことが『True Irish Ghost Stories: Haunted Houses, Banshees, Poltergeists, and Other Supernatural Phenomena (Celtic, Irish) 』に収められている。
それによれば、12代目の亡くなる数日前からキツネが城内に現れ、死の直前には3匹のキツネが館の近くで騒ぎ回ったのだという。
そしてキツネたちは2匹ひと組になり当主のふせる寝室の窓の下で夜ごとに鳴き、陽が昇ると庭の芝生の上にうずくまる。そんな奇妙な行動を続け、やがて当主の葬儀が終わると同時にいずこかへ姿を消した。キツネたちは飼われていたニワトリなどにいっさいの危害を加えなかった。――ファレル夫人がこう証言している。

13代目

13代目 エドワード・アンソニー・ジョン・プレストン


1874年、13代目のエドワード・アンソニーの時もやはりキツネたちが現れた。
しかし、病にふせってはいたが、当主の病状は小康状態であり、誰も死を予測し得なかった。
キツネたちが鳴き始めたその夜、当主は亡くなった。

キツネがゴーマンストン家の者の死を嗅ぎつけている。
誰もがそう思った。こうも奇妙な出来事が続いたのだから。

普段のキツネなら目の色を変えて襲うニワトリの類に一切の危害を加えず、ただ葬儀にやってくる。
ゴーマンストン子爵家はキツネの仲間ではないか。
一説には「あのキツネたちは狐人間だったんじゃないか」という説もあるらしい。オオカミ男のように奴らはキツネに姿を変えているのではないか、というのである。
が、それならキツネの姿で現れるのではなく、人間の姿でやってくるんじゃないかなどとオカクロ運営部は『キツネ群、実はキツネ人間説』を懐疑的に考えます。
しかし、まぁ、見知らぬ人間が突然やってきて窓の外で遠吠え……する事を考えればキツネの姿のほうがベターなのかもですが。

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キツネはなぜやってきたか

上に挙げた訪問以外にもゴーマンストン子爵家の『狐の葬送』にまつわる話は多い。

15代目の夫人 アイリーン

15代目の夫人 アイリーン


16代目の当主が第二次世界大戦で亡くなった1940年。キツネたちが森からやってきて、悲しそうに城を取り囲むので、家の者たちは遠く離れた戦地にいる当主の死を事前に知ることができた。

キツネたちがなぜ子爵家に対して敬意を払うようになったか、どの記憶にも定かではない。おそらく17世紀に何かがあったのではないかと言われているが、当時のアイルランドは血と暴力に支配された暗黒の時代であり、戦火によって詳細は失われている。

当時流行していたキツネ狩りに答えが隠されているかも知れない。
それは、あるときキツネ狩りに出かけたゴーマンストン子爵に関する逸話だ。
猟犬を連れてゴーマンストン子爵が森へ出かけると、犬が早速1匹の狐を追い詰めた。
逃げ場も失われ、猟犬の牙と爪に引き裂かれんとする間際、子爵はそのキツネが子持ちのメスであることに気がついた。

――これは不憫か。
このキツネを殺せば、独り立ちもしていない子供から親を奪うことになる。
たとえキツネ相手とはいえ、そのような無慈悲な行為は自身の名誉、延いてはゴーマンストン家の名誉を汚すことになろう。
子爵は直ちに犬たちを引かせ、狩りの中止を指示したそうだ。

別の話もある。
時のゴーマンストン夫人が狩猟という行為を野蛮なものとして毛嫌いしていた。
狩猟が行われている森で、あるとき夫人は1匹のキツネを見つけた。夫人は狩りに夢中になっている男たちを尻目に、そのキツネを安全な場所へ連れて行き、狩りが終わるまでかくまったという。

これらの逸話が本当にあった出来事かどうかはわからない。キツネが葬儀にやってくる奇妙なゴーマンストン家に対して、『説明』の意味を後付けした伝説なのかもしれない。

現代の伝説

17代目ゴーマンストン子爵。ちょっぴりキツネっぽい。

17代目ゴーマンストン子爵。ちょっぴりキツネっぽい。


驚くべき事に、ゴーマンストン子爵家は途絶えていない。現在は17代目の当主ジェニコ・ニコラス・ダドリー・プレストンがキツネ子爵の座にあらせられる。御年74である。

写真がいつ撮られたのか定かではないが、たしかにコワモテ系のイケメンである。

キツネに敬意を払われる家柄の当主。やはり彼が亡くなられたときもキツネたちが葬送にやってくるのだろうか。不謹慎ではあるが世界中の(ごく)一部の奇現象マニアたちの注目を浴びている。
だが、もう城はない。

キツネたちが何度も訪れたゴーマン城は1940年代に売却され、すでにゴーマンストン家の所有物ではなくなっている。
カトリック系の修道会に売却され、現在は学生の寄宿舎になっているそうだ。

現在のゴーマンストン城を上空から見る

現在のゴーマンストン城を上空から見る


時代の流れを感じるが、建物が残っているのはありがたい。
17代目は現在イングランドで生活しているそうで、生ける伝説として長生きして欲しい。

そして、彼が次の代に橋渡しをするとき、律儀なキツネたちは再び現れるのだろうか。
新しい土地に移った子爵家を探しにやってくるだろうか。
それとも、勘違いして所有権の移ったゴーマン城を再び取り囲むのだろうか。

もし何かあれば、面倒なことではあるが、この記事にも新たな項を設けて加筆することになろう。
しかし願わくば、加筆することになりますよう……。

■参考文献 怪奇現象博物館―フェノメナ https://en.wikipedia.org/wiki/Viscount_Gormanston;Wikipedia True Irish Ghost Stories: Haunted Houses, Banshees, Poltergeists, and Other Supernatural Phenomena (Celtic, Irish) http://hubpages.com/;海外サイト
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