アンジェリン 不可解なる看板娘の恐怖

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あるときLA市内のビル上に巨大看板が現れた。セクシーな美女と電話番号の他には『ANGELYNE』と書いてあるだけの看板だ。電話をしてみても、何を宣伝するわけでもない。不可解なまま看板は増え続け、世界中で看板の目撃報告がなされはじめた。謎の女アンジェリン、誰もが知る、そして誰も知らない人物。

奇妙なアンジェリン

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NY42番街ブロードウェイ。壁看板は大都市の彩りに欠かせない存在になっている。


東京でもNYでも、ビルを見上げれば無数の看板が見える。

看板という原始的な広告も今や液晶によるディスプレイに様変わりし、時として街ゆく人たちの足を止めさせる。

煌びやかな世界。これは商業都市、あるいは現代社会の風物詩とも言える光景だ。

多くの場合、その『ビルボード』と呼ばれる壁看板は企業によって掲示され、新商品の紹介や企業イメージ向上のため様々な工夫が凝らされている。
その中にあってひときわ異彩を放っているのがミステリーガール・アンジェリンだ。

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アンジェリンの看板。右下に電話番号が書かれている。


事の初めは1986年。
ロサンゼルス五輪が開催された年だ。当地で開かれたオリンピックはソ連を筆頭とする東側諸国が参加をボイコットし、まるで小説で描かれたディストピアへの歩みが始まっているようにも思われた。
そんな冷戦下で行われた平和の祭典、世界中の注目を浴びるオリンピックの開催地であるアメリカの商業都市に、アンジェリンは出現した。

最初に看板が出たのはロス市内の古ビルの上だったと言われている。当初は誰も気にしなかった。
大きくアンジェリンと書かれセクシーな美女が艶然と横たわっている。電話番号は書いてあるが、何を問い合わせるのかも判然としない。アンジェリンという商品だろうか? あるいは大人の飲み屋だろうか?

不可解であったが無害でもあったので、特に誰も気に留めなかった。

だが事態は加速度的に奇妙な方向へと向かって行く。
ロス市内のあちこちにアンジェリンが増殖し始めたのだ。市内で見た、あるいは市外にも。まてまて俺はニューヨークでも見たよ。いやいや俺はワシントンでも。

誰も真意が理解できないままアンジェリンの看板はそこら中のビルで目撃されるようになった。

アンジェリン、その謎は解けるのか

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壁一面にアンジェリン


こうなってくると、アンジェリン看板の謎を解いてやろうという好事家が現れるのも必然である。

しかし、好奇心旺盛の好事家であってもできることは少ない。看板に書かれている情報は『アンジェリン』『美女』『電話番号』だけなのである。むろん好事家は電話をかけてみる。

しかし、それはなんの解決にもならなかった。

電話をかけても自動応答メッセージが再生されるようで、「あの看板、なんなの?」というロスっ子の質問には答えてくれない。無機質に流れる自動応答もまるで要領が掴めないモノだったという。自動再生される内容を訊けば『アンジェリン・ファンクラブ』の加入案内だと言うから背筋が凍る。

「ただの悪戯だろう」と冷笑する向きもあったが、それにも疑問がつきまとった。
金がかかりすぎるのだ。

ビル看板である以上、ビルの所有者に対して報酬が支払わなければならない。それが月に数ドルの出費であればなんの問題もないが、ほとんどは数百、数千ドルの世界なのだ。大きいもの、あるいは高い場所では日本円にして月に数100万を超えることもある。
掲示した広告によってそれ以上のリターンがあれば問題ないが、アンジェリンは何を売るワケでもなく、なにをアピールするワケでもない。ただアンジェリンなのだ。

これに対し、ロスでは様々な噂が囁き合われた。

アンジェリンはロサンゼルスの大富豪の愛人で、ちょっと目立ちたかったのではないか。
いやいやアンジェリンなどと言う女性は存在しない。金にも時間にも余裕があるお金持ちが理想の女を表現したのだ。
そうじゃない。実はあの看板には秘密のメッセージが込められていて、ロスに散らばる東側のスパイに情報を送っているのだよ。
などとあり得そうなモノから荒唐無稽なモノまで様々な推測がなされた。
その頃には看板の数が数千にも及んでいたとされ、不可解な事態は収束されるどころか拡大の一途を辿っていた。

実在したアンジェリン

『存在しない説』などというのも囁かれていたが、1995年になって初めてアンジェリンへのインタビューが雑誌に掲載された。アンジェリンは実在したのだ。
電話インタビューではあったが、その際に得られた情報は以下のようなモノだった。

謎の女アンジェリンはアメリカはアイダホ州に生まれ、彼女は5歳のとき両親を失った。
成長したアンジェリンはベイビー・ブルーという名のロックバンドを結成しボーカルを担当して人気を博した。(この頃、幽体離脱が出来るようになったらしい)
ハリウッドに招かれて脚本などを書いたりしたが、ある霊媒師と出会って人生が変わった。
霊媒師が呼び出したマリリン・モンローの霊に使命を与えられたのだ。モンローなき今、私が次のセックスシンボルにならねば――と。

以上の情報が雑誌メディアを通して伝えられても、彼女のその目的は今ひとつ明確にならない。有名になりたいならば、看板をきっかけに映画やテレビに出演すればいい。しかしアンジェリンは動かなかった。
依然として看板が増え続けるが、露出はほとんどない。
本人も「世界史の中で、ここまで何もしないで有名になった人はいないわよね」と自分を評している。

たしかに有名にはなった。
ファンクラブの会員は2万人を超え、探せば世界中のビルにアンジェリンが居た。ドイツだけでも都市部のあちこちにアンジェリンの看板が存在しているらしく、その数1500枚以上というから驚きだ。

しかし現実問題として、広告を出す以上その費用をアンジェリンは払わねばならない。
試算によれば看板の維持だけでも2億円ものコストがかかる。アンジェリンはいかにしてその巨額の広告費を捻出しているのか。
ほとんど酔狂とも言える自分広告に巨額を投じるアンジェリン。実在したら実在したで謎が新たな謎を呼ぶ。

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ピンクコルベットの女。ロサンゼルスの都市伝説

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アンジェリンの愛車であるピンクのコルベット。よくみればナンバープレートがANGELYNになっている。


1996年になると、アンジェリンはIT革命の波に乗った。

Angelyn.comが開設されたのだ。残念ながら現在は当該サイトは閉鎖されドメインも売りに出されてしまっているが、このサイトも例の電話番号と同じくほとんど意味のないウェブサイトだった。
そうして情報流通の時代ということでネット上にはアンジェリンの目撃情報も流れ始める。

ピンク色のコルベットに乗っている。

高級料理店で見た。

劇場で見た。

高速道路をピンク色の車で逆走していた、などだ。

Angelyn.comにはアンジェリンの一問一答が載っていたらしく、荒俣宏の20世紀ミステリー遺産で紹介されていたので転載させていただく。
アンジェリン一問一答
(問)あなたは何をしているのですか?
(答)なにもしない。アタシでいつづけてるだけよ! たった一言でみんなを納得させられるような説明もできないし。多くの人が有名になるために音楽をやったりスポーツをやったりするけれども、アタシはビルボードを立てて有名になった。それまでは、そんなことして有名になれるなんて、誰も思わなかったのよ。

(問)でも、なぜビルボードを?
(答)ビルボードってとてつもなく大きいじゃない! アタシは大きいものが好き! アタシって注目されるのが大好きだから、ビルボードをエージェント代わりにしたのよ。
世界中から電話がかかってくるわ。インタビューしたいとか、会いたいとか、一緒にビジネスやりましょうとか! あとファンクラブがあるけどビルボードのおかげで、今はアンジェリングッズがすごく出ているのね。それから映画やテレビや雑誌にも、アタシの看板が出てる。アタシのセクシーな姿は、ハリウッドやロサンゼルスそのものなのよ。だからアタシはビルボードを出しつづけてるの。

(問)でも、だれがビルボードの費用を負担しているんです?
(答)もちろん、このアタシ。アタシってヨーロッパからレコードの印税がはいるから。それに投資もやってるし。世界に売り出してるアンジェリン・グッズの収益もあるし。

(問)でも、本当のあなたは、看板にあるアンジェリンと同じお姿なんですか?
(答)当たり前じゃないの! でも友達は、ビルボードの写真より実物のほうがずっとチャーミングって、いってくれるけど。名前も本名よ。

(問)ボディーのサイズは?
(答)バストは特大。ウエストは極小。それでヒップはちょうどいい! アタシとデートしたかったら、いつでもショッピングに誘ってちょうだい!
『まったくもって謎である』とは荒俣先生の弁であるが、まったくもってその通りである。
レコードの印税というのは彼女が過去にやっていたロックバンド『ベイビー・ブルー』のセールスなのだろうか。
アンジェリンの存在は『アンジェリン』と名乗る会社、あるいは裕福な投資家軍団によって作り上げられた伝説だという向きもあるようだが、彼女は実在、存在している。その資金源はいまだに謎に包まれているが……。

サヨナラ、アンジェリン

angelyne5 出回っているアンジェリンの回答が事実に基づいているかどうかはともかく、彼女が資産家であることは確実であるらしい。というのもアンジェリンは2003年のカリフォルニア州の選挙に出馬していたのだ。

残念ながら民意を得られず得票数2533票で落選となってしまったが、政治活動をする資金および時間的余裕は十分にあるようだ。

彼女の掲げたスローガンは「私達にはグレイがあり、ブラウンもあった。そして今、時代はピンクとブロンド
髪の色を指しているのだろうか。言葉の意味はよくわからないが、とにかくすごい自信である。戦慄である。

「アタシはハリウッドのマスコット・アイコンよ」と本人が公言するが、実際に映画への出演は少なくない。あくまでも『看板のアンジェリン』ではあるが、出演は出演だ。
有名なところでは「デイ・アフター・トゥモロー」やトミー・リー・ジョーンズの「ボルケーノ」、デ・ニーロの「ザ・ファン」などがある。

まだ未公開ではあるがマイケル・ダグラスの新作映画「Behind the Candelabra」にも出るそうなので、映画館に出向いたときは要チェックである。
パニック映画ばかりに出演(?)しているのが因縁めいていて面白い。戦慄である。

勘の良い方、あるいはそうじゃない方も気付いておられるだろうが、アンジェリンが初登場したのは1984年。あれからすでに30年以上が経過している。

当たり前といえば当たり前のことであるが、我々と同じようにアンジェリンだって年を取る。30年といえば大層な年月である。赤子が中年に成長するのに十分な年月なのだ。
セクシーなブロンド美女にとって年月の経過は悲劇への結末への行軍である。それが30年ともなると……。

Angelyne+11というわけで、現在のアンジェリン画像を一応上げておく。

夢は夢のままで……という紳士は良し、どんなアンジェリンだって大丈夫さ地獄の果てまでついて行くよ、という殊勝な猛者は画像をクリック。モザイクがはがれます。

あの看板を設置した狙いの一つに「自分の一番美しい時代を永遠に残しておきたかった」と彼女が心情を吐露しているが、実際に看板のアンジェリンは永遠に美しく、これからもその多くの謎とともに語り継がれて行くだろう。

しかし、残念ながら近年になって看板の撤去が行われ、2012年にはロサンゼルス近郊のアンジェリン看板はほとんど見られなくなってしまったそうだ。東京にもあったそうだが、どうなったのだろう?

看板に閉じ込められた美は永遠でも、飾られなければ無いも同じ。誰もが少しずつ彼女のことを忘れてゆく。
いつか大都市で摩天楼を見上げた時、そこにアンジェリンを目撃できたなら……。少しだけ『永遠のプレイメイト』を目指した女性のことを思い出してあげるのが我々紳士淑女のたしなみかも知れない。

■参考文献 荒俣宏の20世紀世界ミステリー遺産 荒俣宏の不思議歩記 red lemonade: Queen Angelyne:海外サイト Angelyne:en.wikipedia
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